Episode 19
■カリヤ
剣を振るう。
通常、影という実体のない相手に対して当たらないはずの鉄の塊は、直前に俺から力を吸って無理矢理その理屈を撥ね退け切り払う。
そして背後から迫っていた影から逃げるように前へと進む。進み、斬る。
それを何度繰り返したかも分からないものの、近くにいるファミルと共に前へ前へと進んでいた。
……カナタは……逃げれただろうか。
彼の行動は間違っているものではない。
あの場で全員が今の俺達のような状態に陥っていれば、ダンジョンの外にこの状況を……この状況を引き起こしたモンスターの事を伝える者が居なくなってしまう。
「……フゥー……」
正直な話、俺はこの場に骨を埋める覚悟で戦闘を行っている。
パーティメンバーには申し訳ないが……この場で生き残るという希望は持たないようにしていた。
当然だろう。人を取り込むかもしれないと言われたモンスターに大量に囲まれ、尚且つ今も周囲で生まれ続けているのだから。
斬っても斬っても終わらない生産は、俺の身体ではなく精神を蝕んでいく。
どこまで進んでも見えぬ終わりは、どうしようもなく狂いたくなり休みたくなる。
「……クソ。ファミル、そっちはどうだ?」
「ダメだ。ここがどこだかそもそもわからねぇ。……どうする?」
この場合、どうする?というのは諦めるか?という意味ではないのを知っている。
知っているからこそ、この心の内から漏れ出てくる悲しさと悔しさは俺に力を与えてくれるのだろう。
「進むしかないだろう。全力でいくぞ。……すまない」
「応!謝るくらいなら街で酒を奢ってくれ!あと女だ!」
「……ハッ!いいだろう!生き残った時はお望みのモノを奢ってやる!!」
ファミルの言葉につい笑ってしまう。
彼の言葉は生き残る前提での言葉だ。彼の強さが……これまでも何度も心強いと思ってきた彼の性格が本当に今ではありがたいと感じてしまう。
一度自身の頬を張り、反射で閉じた目を大きく開く。
何を勝手に諦めているのか、と。
仲間が諦めていないのに、リーダーの俺が勝手に諦めていいものかと。
「よしッ!では行くぞ!合わせろ!」
「誰にモノ言ってんだァ!?」
俺の剣と、ファミルの剣が淡く光り出す。
それぞれがそれぞれ、権能を使った証だ。
単純に切れ味を良くするだけの【強化】。それだけで今は丁度いい。
それだけあれば、この影達は倒せるのだから。
「はぁああああ!」
剣を振るう。
先程よりも何処か軽く、そして速く感じたその鉄の塊が目の前の影へと到達しそうになる直前。
白い、何もかも塗りつぶすような白さを持った光を見た。
それは一瞬で目の前の影どころか、俺達の周囲に存在していた影達を消滅させ。
俺達の間へとゆっくりと、まるで見えない階段でもそこにあるのかというくらい気安く降りてきた。
人の形をしていて。
その顔に似合わない鎧を着ていて。
そして、先程まで一緒に探索をしていた男の顔をしたそれは、不機嫌そうな顔をしながらこちらへと顔を向けて。
「悪い、戻ってきた」
「……カナタ!?」
カナタ=リステッドは、そう言った。
■カナタ=リステッド
俺は心底後悔していた。
鎧が……メアが、自身の持つ力の価値を知ればどうなるのかを知るべきだった。
『ふふん!見ろ主人様よ!私の魔術によってあの影達が一網打尽だ!』
「いちもう……まぁ何のことかわからねぇが、確かにすげぇよ。見えてる範囲の奴らが全員消えちまった」
現在、俺は逃げてきた道を走り戻っている途中だった。
というのも、すぐに外へと逃げようと提案した俺に対し。
この……今も無駄に光を放っている鎧はその提案を突っぱねたのだ。
理由は簡単。
単純に、俺が見捨てたカリヤ達を助けに行きたかったらしい。
生存は絶望的、今戻ったところでまだ生きているかもわからない相手を助けにいきたいなどと正気ではないと思いつつ。
こいつに俺の生死が握られているのも確かなため、逆らえるに逆らえないという状況が生まれてしまい……現在に至る。
今思えば契約を使って無理矢理命令させればよかったと思ったが……それももう遅いという事で。
俺は足を動かしていた。
「しかし極光魔術がこんなに使えるとはな……なんだっけか?【陽光】、だっけか」
『応!天に輝く星の光を再現した魔術だ!強い光と熱を放つ、私の知る極光魔術ではポピュラーな攻撃魔術だぞ!』
「なぁるほど。確かにそれは効きそうだ」
間に合うかどうかはカリヤ達の頑張り次第ではあるものの。
どうせ向かうのならば早い方がいいだろうと【身体強化】を多重付与し全力で身体を酷使して進んでいる。
時々俺を待ち伏せていたかのように陰から出現した影達は、そのまま鎧から放たれる光によってすぐさま消滅させられていく。
「魔力を切らすなよ」
『大丈夫だ!何故かいつもよりも魔力の回りが良いからな!』
そんな事を言いながら、たどり着いた宝物庫前。
そこには何故か宝物庫のある方向へと進んでいるカリヤとファミルの姿があった。
恐らくは障壁によって簡易的に空中から方向を確認できる俺とは違い、地上で影達に囲まれているからか、進むべき方向を分かっていないのだろう。
「じゃ、行くぞ。周りのを消し飛ばせ」
『了解!』
俺は足をばねのように使い、空中へと跳びあがる。
瞬間、鎧から白色の激しい光が漏れだし、周囲へと放たれた。
次に俺の視界が戻った時には、鎧が気を利かせたのか空中に設置されていた障壁の上に立っていて。
カリヤ達の周囲からは影が居なくなっていた。
「悪い、戻ってきた」
「……カナタ!?」
困惑するカリヤ達の顔を見つつ、恐らく自身の顔は不機嫌そうに歪んでいるんだろうなと思い。
障壁から地上へと降りていきつつ、溜息を吐いた。




