Episode 1
ギィ、と古くなった木の扉を開け中へと入る。
慣れた手つきで暗闇の中、魔力で動く照明を点けた。
ある国、その中でも郊外に位置する土地。
そこにぽつんと建てられた、一見すると物置小屋にしか見えない小さな小屋。
それがカナタ=リステッドの拠点だった。
必要最小限のものしか置かれていないように見える小屋の中で、ドカッと抱えていた鎧を下ろし椅子に座る。
「……おい、もう喋っていいぞ」
『む?本当か。いやー長旅だった!喋れないから退屈だったがな』
拠点からは遠く離れた鎧と出会ってしまったダンジョン……【メレイブ迷宮】から約二日。
その間文字通り肩身離さず監視していた為にドッと疲れが出るが、持ち出してきた宝をそのままにするわけにもいかないため、バックパックから次々と今回の報酬を取り出していく。
トレジャーハンターが【盗掘者】と言われ蔑まれる由縁がこの報酬だ。
依頼された一定量の宝とはまた別に、自分の懐を潤す為だけにその場で見つけた宝を持ち帰る。
他にも似たような宝があった場合により質の良い物を自分の懐に、質の悪い物を依頼者に流すという事もしばしば行う。
だが、その分依頼料も安く確実に依頼者の元に依頼した量だけしっかり宝を送り届ける。
例え依頼者が国のトップでも御構い無し。しかしだからこそ信頼され、今まで法によって取り締まられていない。
一種の職業として認められているのだ。
その分、【盗掘者】側で決められているルールや、確かな実力が無い者は淘汰されていくのだが。
ある程度報酬の整理を終え、一息つくために適当な飲み物を取りに行く。
その時にちら、とリビングアーマーを見たが……床に転がったまま何も喋らず、まるで普通の鎧が無造作に放り出されている様にも見える。
「おい」
『……』
「なぁ、鎧」
『……ん?あぁ、私のことか。すまない』
……呼び名を考えた方がいいかもしれないな。
安全な場所まで辿り着いた後は勝手にしろとは言ったが、こうやって呼ぶ時どうしても面倒が付きまとう。
こちらから鎧に対して何かをする……という事はないだろうが、それでも名前が無いのは些か不便だ。
「お前、何か呼び名とかはないのか?」
『そうだな……確かに名前が無いとこれから色々と面倒ではあるか。うむ、私の名はメアだ。気軽に呼んでくれて構わないぞ主人様よ』
「気軽に呼ぶかよ。……というかメア?女性名って事はお前、女だったのか?いや、そもそも鎧に性別とかあるのかよ……?」
一応、女性専用の鎧もこの世には存在するらしいものの、戦場に女が出ることは珍しく。
それ故に工房などに出向いても中々お目にかかれなかったりもする。
メアと名乗ったリビングアーマーはどこか魅了するようなポーズをとってはいるものの、造形は防具屋や工房に置かれている普通の鎧とほぼほぼ変わらないため、どこか滑稽ですらあった。
『む、気づいていなかったのか?そうだとも。私は人間の頃女だった。一応、今は意識だけのようなものだが私自身が女だと思っているから女だろう。……というか気付かなかったのか?』
「気付くもんかよ。見た目は完全に普通の鎧、この声だってかなり分かりにくい声になってんだから。空洞に響いてるみてぇだぞ」
『なんと……』
そんな会話をしながら、俺は飲み物を淹れたコップを手に近くの椅子へと腰を掛ける。
近くにあった依頼書の束を片手に鎧との会話を続ける事にする。
鎧を人間に戻す事自体を手伝う気は更々ないわけだが……それでも、今後恐らく自分の拠点を根城にするであろうメアとは最低限でもお互いの話をした方が良いだろうと判断したからだ。
「まぁお前の性別とかはどうでもいいんだ。……あったあった。コレだ」
『それは?』
「次の仕事の依頼書だ、まぁこれからお前がどう動くにしろこの拠点からどうせ色々やるんだろう。……少し面倒にはなるが、それなら俺の所有物って事にしとこうかと思ってな」
『……協力はしないのではなかったのか?』
「協力じゃねぇよ、これは俺のためにやることだ。無駄に聖堂騎士やらから目付けられるよりかは良いだろ」
事実、郊外とは言えど聖堂騎士の巡回がないわけじゃないのだ。
その時に鎧と話している姿……もしくは、鎧が独りでに動いている姿を見られてしまったら色々と面倒だ。
『それとその依頼書は何の関係が……?』
「ギルドにいくのさ。お前の事をちっと特殊だが、意志のある道具として登録する。……まぁギルドマスターには色々話さないといけないだろうが、そこはまぁ必要経費って奴だ」
『主人様……案外ちょろかったりしないか?ここまで私に協力してくれるなんて思ってなかったから、少しだけ心配なんだが……』
「誰がちょろいだって?……単純に、俺の為だよこれは。てめぇの為じゃあねぇ」
『今の街というのはここまで発展しているものなのか……!』
「おいこら喋るな。……っていうか、お前の声って周りに届くようなもんなのか?」
次の日、俺は鎧を連れて近くの街へと訪れていた。
といっても、鎧をそのまま移動させたら色々と面倒になるために俺が着るという形で来てはいるのだが。
『いや、今は一応主人様にしか聞こえないようにはしている。契約を使った……所謂頭の中に語りかけている状態だ。主人様は声を出さずとも、私に対して心の中で語りかけてくれればそれで会話できるはずだ』
(成程?)
『そう、そんな感じだ。一応音として声を出してもいいのだが……それだと主人様が困るのだろう?』
鎧なりにこちらの立場というものを考えてくれたのだろう。
少しだけ、人間に近い知能を持っているこの元人間らしいモンスターに対して感謝してしまった。
それこそ喋る鎧なんかをつれて街中を歩いていたら、教会へと密告しにいく者が少なからず居ただろうことは簡単に想像できたからだ。
今も顔なじみの冒険者なんかがギルドに向かう道すがら挨拶をしてくるが、誰も彼も鎧がモンスターであることに気付いている節はない。たまに気付かれないようにこちらを見てくる輩もいるが、誰もこれもが同業者。
鎧を着ていても着ていなくとも向けられている視線ではあるために、そこまで気にしなくていいだろう。
(魔力を感じ取れる者もいるだろうに……これもお前が何かやってるのか?)
『よくぞ聞いてくれた……と言っても簡単な事しかしていないがな。【魔力偽装】という権能だ。魔術師なら大抵習得していた記憶があるが、知り合いにはいなかったのか?』
(…………どうだったかな)
権能。この世界を創ったとされる創造神が人間に対してだけ授けたとされる特権の一つ。
身体能力を強化する物、気配を消す物、異形の様に姿を変える物。
その種類は様々で、素質さえあれば修行をすればある程度の権能は扱えるようになる。
ここで疑問が生じる。
人間にしか習得できないはずの権能を、何故鎧が習得しているのか。
まだ無駄に知性のあるだけのモンスターだと疑っている俺からすれば、リビングアーマーが権能を習得できるはずがないのだ。
もしかしたらモンスターが元々持っているといわれる固有能力と同じように、鎧もリビングアーマーとしての固有能力を権能と間違えている可能性もある。
……まぁ、ここで俺が考えても仕方ねぇ事か。専門外だ。
そんな事を考えながら足を進めていると、やがて1つの建物が見えてくる。
木造のソレは周りにある建物とは少しばかり纏っている雰囲気が違う。
『主人様、アレがギルドか?』
(あぁ、俺の……トレジャーハンターの所属するギルド。名前は特にねぇが、周りからは【盗掘者の集い】とか呼ばれてる場所だ。目だけは無駄に良い連中が俺含めて多い)
『……あぁ、目利きという意味でか。成程、気を付けるようにしよう』
(そうしてもらえるとこちらとしても助かる限りだ)
酒場の入り口のようになっているスイングドアを押し開け、奥のカウンターまで直行する。
ギルドに入った瞬間、中に居た者達何人かがこちらを見てきたが俺の顔を見るや否や、自身のやっていた作業へと戻っていった。
酒場のような入口になっているため、たまに酔っ払いなどが間違えて入ってくる事もあるためか、ギルドの中には常駐で用心棒として冒険者が雇われているのだ。
尤も、俺のような同業者の場合は今のような反応だけで突っかかれることはないのだが。
「すまない。ギルドマスターはいるか?」
「えぇ、いらっしゃいますよ。用件は……っと、カナタさんですか。どうしたんです?」
「あぁ、少しこの依頼書の事で聞きたい事があってな。居るなら繋いでもらいたいんだが……」
受付嬢に持ってきた依頼書を見せながら、ギルドマスターを呼んでもらう。
良くも悪くも、ここに所属しているのはトレジャーハンター。ギルドマスターであれど、どこかから依頼されて仕事をしている事も多いのだ。
今日はたまたまギルドに居てくれたために助かった。
「少々お待ちくださいね……よし。ギルドマスターと連絡が取れました。九番の部屋に行ってください」
「ありがとう。今度食事でも奢るよ」
「ありがとうございます、ではお仕事頑張ってくださいね」
受付嬢から鍵を受け取り、そのまま二階のほうへと上がっていく。
二階には廊下の両隣に扉がいくつかあり、それぞれの扉に番号が振られていて様々な用途で部屋が使われている。
依頼人との依頼のすり合わせや、同業者同士の話し合いなど、その内容は多岐に渡り……今回俺が使う九番部屋は基本的にはギルドマスターなどの上役との話し合いの場として使われる。
『……これは、魔術か何か使われているのか?』
(あぁ、それぞれの扉が鍵に対応する部屋に繋がってる。なんだったか……空間を少し弄ってるとか言ってたかな。詳しくは知らんが、これのおかげで会話内容が扉の外には聞こえないようになってるらしい)
『成程。中々に便利なものだ』
廊下を進んで行き一番奥の扉に鍵を刺し入れ扉を開くと、そこには椅子に座った妙齢の眼鏡の男が俺達を待っていた。
こちらが来たのを見ると笑みを浮かべながら椅子から立ち上がり、挨拶をしてくる。
「やぁカナタ。久々だね、変わりないかい?」
「えぇ、すいません急に呼び出しなんてしてしまって」
「構わないよ、事務仕事がひと段落したタイミングでさ。ちょっと休憩しようかなって思ってたんだけど……話は依頼の事だっけ?」
「そう、なんですが……すいません本題はこっちの方で」
こんこん、と鎧を叩く。
「その鎧は……成程、少しだけ魔力が漏れてるけど呪いでもかかってた感じかな?でも君ならある程度の呪い程度解呪は出来るよね?」
「流石に呪いくらいは自力で解呪出来ますよ、必須技能ですし。……メア、喋っていいぞ」
『む、良いのか主人様よ?』
メアが俺の脳内にではなく、音として声を発し始める。
その瞬間、ギルドマスターの目付きが変わった。
「カナタ、それは……意志ある道具か何かかな?」
「いえ、そういった物ではなくてモンスターらしいんですよコレ」
「は?」
お互いに椅子に座り腰を落ち着かせた後、俺はダンジョンであったことを出来る限り詳細に、所々鎧に補足させる形でギルドマスターに話した。
普通であれば、こういった事を周りに話す事はやめた方が良いのだろうが……それでも、このこの人にだけは話しておいた方がいいだろう、という己の勘に従ったのだ。
少なくとも、俺の他の知り合いよりは信用できるというのもある。
「成程。つまり君は元々人だったということだね?で、今はモンスター……彼と契約を繋いでここに居ると」
『あぁ、そういう事だ。話が早くて助かる。それに貴殿は私の事を『粛清』……だったか。そういうのを行う輩には引き渡そうとしないのだな』
「はは、今君は君が思っている以上にカナタに行動を縛られている状態だからね。そんな状態の君を引き渡そうとは思わないよ。そも、僕は生粋の信徒でもないし」
『それは安心だ。……で、主人様?なんで私の事を?』
鎧のその言葉に小さく溜息を吐きながら、ギルドマスターの事を見る。
「単純な話だ。俺はお前の事を信用はしていない。そんなお前をほっといたら情報収集とか行って勝手に街に出て……最悪俺の名前を出されそうだからな。それならある程度情報収集がしやすいギルドマスターにしてもらった方が良いだろう」
俺の為にもお前の為にもな、と付け加えるとギルドマスターは少し意外そうな顔をしながらもすぐに小さく笑みを浮かべる。
らしくない、とでも思われているのだろう。
自分でもそう思う。
「ま、そういう事なら引き受けようか。他でもないカナタの頼みだ、格安にしておくよ」
「すいません、有難いです」
『む、金を取るのか?』
「そうだよ?これは立派な依頼さ。元人間……メアという名前しか分かっていない人物の事を周囲の環境含めて調べてくれって言われてるんだ、無償で受けるわけないじゃない。しかも、そのメアって名前も本当の名前かどうか……だから依頼、仕事として受けるんだ」
『そういうものなのか……?」
そういうものさ、とギルドマスターは言った後に一息。
「それに、昔から頼み事なんてして来なかった可愛い弟子の頼みだ。出来る限り都合付けてあげたいってのも事実だから……これくらいになるかな?」
「今その話はしなくていいですよ。……分かりました。支払いはギルド経由で大丈夫ですよね?」
「うん、大丈夫。じゃ、結果出たら連絡するよ」
その後、軽い世間話や話の辻褄を合わせるため持ってきていた依頼書の話をしたりなどしてから部屋を出た。