Episode 10
通路の壁へと突っ込んでいった瞬間。
鎧が展開したのか、俺の身体にぶつかるようにして見るからに脆い障壁が展開された。
それにぶつかると同時にまた一枚、また一枚と同じような障壁が展開され、俺の身体は見た目以上の速度ではなく。ある程度余裕を持った状態で通路の壁へと突っ込む事となった。
といっても、通常の人間が出せるような速度はとうに超えていて。
盾のように、咄嗟に守護者を俺の身体の前に持っていけたのが幸いだったのか。
俺は思ったよりも怪我を負うことはなかった。
だが、それは相手も同じ事。
幾ら衝撃をほぼ一身に受けようとも、気絶までも至らない。
殺意の篭った目でこちらを睨みつつ、即座にこちらに向かって何やら魔術を放とうとするが……こちらには防御に専念させている鎧がいるのだ。
最初の様な予め準備していた巨大な炎ならまだしも。
咄嗟に放つ、まともに魔力も込められてない魔術では周囲に展開されるメアの魔術障壁は壊せない。
そして。
【身体強化】を【重複付与】した影響か、足の筋肉がある程度回復していく痛みを感じながら。
俺は足を守護者の腹へと踏み下ろし、
「ァァアアアァア!!」
叫び、痛む身体を無理矢理に動かし。
守護者の首から上を引き千切る。
そこからは俺ら人間と同じ、赤い血が噴水のように噴き出ていく。
いつもならばそのまま血に濡れ、帰る際に湖へと寄る必要があるのだが、
『お、おい!汚れるだろう!?』
「……おう、まぁいいだろ。洗えばいいんだし」
『そういう問題じゃあない!』
鎧はそのまま血の雨が俺に直接……というか。
鎧自身にかからないように頭上に障壁を展開し、それを防いでいる。
障壁の存在を確認した後、その場に座り込む。
『……これでおしまいか?』
「あぁ、終わりだ。特殊なタイプじゃあねぇからな。頭引きちぎって生きてるようなのは宝物庫の守護者よりもダンジョンのボス寄りだ」
『ふむ……しかし、主人様が事前に言ったよりも面倒な相手ではなかったな』
「いや、面倒にしないためにあぁいう戦い方をしたんだよ。正直【重複付与】なんて自爆技使わなきゃ、トレジャーハンターで人型を狩れる奴なんてほぼ居ねぇ」
実際、俺が言っていることは正しい。
俺の場合、今現在も自身の身体を癒すために維持している【重複付与】を使わない限り、人型を真正面から正直に相手するのは面倒だ。
勿論、他のトレジャーハンターが俺の【重複付与】のような隠し玉を大抵持っていることを考えた上でも、同じことが言えるだろう。
それこそ、ダンジョン攻略をメインとしている冒険者であれば厳しい相手ではないだろう。
しかし、俺達は宝を狙うトレジャーハンターなのだ。
そもそも、戦闘は専門外。
むしろ隠し玉を使ったといってもここまで一方的に戦える俺の方が例外なのだろう。
「ある程度休んで足が治ったらそのまま宝物庫にいくぞ」
『うむ。そういえば主人様よ』
「……なんだ?」
『宝物庫というくらいだから、その扉を開けるには何か専用の鍵が必要ではないのか?』
「あぁ……確かに必要だし、もう手に入れた」
『……どこに?』
そんなメアの質問に、俺は未だ捨てて居なかった守護者の頭を持ちあげる。
「これだ」
『もしかしなくても、守護者の死体が鍵……なのか?』
「こいつらの死体、というよりは心臓が、だけどな」
パンパンと足を軽く叩き、痛みがない事を確認すると。
俺はそのまま【重複付与】を切り、改めて普通に【身体強化】を使った。
「普通の、というよりは守護者の居ねぇ宝物庫の方は特殊な魔道具なんかが該当するんだが……」
懐から戦闘には使わなかったナイフを取り出し、守護者の腹を開く。
独特な臓器が見え隠れする中、俺は目当てのモノだけを切り取り残り、
「守護者の居る宝物庫は、守護者の心臓……言い換えるならば守護者の魔力源を捧げることによって鍵を開くことが出来る」
『ふむ、理解した。理解はしたが……』
「納得出来ないとでも言うつもりか?」
『……そうだな、納得出来ない。魔力源が鍵になるのであれば、それこそ……守護者本体自身が生きている間でも宝物庫の中に入ることは出来るのではないのか?何故戦う必要がある?』
こいつの疑問は真っ当だ。
トレジャーハンターならば誰もが一度は考える疑問。
何故戦わなければならないのか。
答えは簡単だ。
「弾かれるんだよ、宝物庫に」
『弾か、れる?』
「そう、弾かれる。バシーンってな。師匠曰く、弾かれた瞬間に『汝、資格無き者よ。試練を越えてから出直すが良い』と、仰々しい声が響くらしい」
だから俺たちトレジャーハンターは、守護者を殺し越えねばならない。
昔からそう教わってきた。
恐らく、今の新人も同じように教わっている事だろう。
『では、守護者が居ない宝物庫の試練は……いや、そうか』
「そう、居ない宝物庫の試練ってのは、その鍵を手に入れるまでにある。大抵が即死級の罠やらにはなるんだがな……よし、十分休んだ。行くぞ」
『了解した。索敵の方は?』
「継続しろ。まだあの影みたいな奴が徘徊してるだろうからな」
そう、今回の攻略はここで終わりではない。
言ってしまえば守護者よりも危険かもしれない者らがこのダンジョン内を徘徊しているのだ。
……出来るだけ会いたくはねぇが、襲われたらどうするかくらいは考えておかねぇとな。
そんなことをうっすら考えつつ、俺は心臓を手に宝物庫の扉の前へと足を進め、
「さぁ、越えた証拠だ!開け宝物庫よ!」
宝物庫の方へと心臓を突き出しながら、大声でそう言った。
瞬間。
手の中の心臓がドロドロと溶けていき、赤黒い血のような液体となり手から零れ落ちていく。
そしてその液体はそのまま扉へと吸い込まれるようにして消えていった。
「……よし、いくぞ」
誰に聞かせるまでもなく。
小声で呟き、俺は扉へと手をかけた。
恐らく今俺の顔を写すものがあったら、さぞかし気持ちの悪い顔をしているのだろう。
扉の先はといえば。
金銀財宝が山のように……と言うわけではなく。
それこそ、何に使うのかすら不明な道具のようなものや武器など、酷く実用的なものが収められていた。
部屋の大きさといえば、俺がこのダンジョンに入ってから休むために使った部屋と同じくらいだろうか。
『これが宝物庫の中……』
「あ?お前だって宝物庫の中に居ただろうが。何を今更」
『そうは言うが、やはり違うものだ。見た目が違えばそこを流れる魔力も違う。……美しいものだな』
「……」
そんな鎧の声を聞きながら、俺は淡々と作業をする。
まず第一に、自身の物とする宝。
その次に、今回の依頼主に渡す用の宝。
それらを盗ったら、ここに用はない。
量さえあれば問題ない依頼主用の宝とは違い、俺個人用の宝は自身が使う可能性もあるものになる。
慎重に、正確に。
簡易的に鑑定しながら自分用の宝を入れる鞄の中へと宝を放り込んでいった。




