Prologue
以前投稿していた『彷徨う鎧は何処へ行く』という作品の加筆修正版となります。
大まかな流れは変わっていませんが、所々変わっている所もありますので、良かったら。
カナタ=リステッドは【盗掘者】である。
といっても、法を犯して資源や価値のある物を不当に得ているわけではない。
「チッ、また罠がありやがった。適当な仕事しやがって」
薄暗いダンジョン内を進むその姿は、迷いがなく。
地図を片手に進むその姿は、歴戦の戦士のようだ。
しかし、彼は戦士ではなく……まして偽善の為に動くような人種ではない。
全ては己の為に。
その一心で進んできた道の後には、今では国や支援者がつき彼の動向を追っていた。
「素人を悪く言うつもりはねぇが……こうも多いと俺の方が疲れちまう」
ダンジョンに潜るのも己の為だ。
『攻略』だけが目的ではなく、されど【攻略】だけが目的である。
ただ、ダンジョンの『攻略』は冒険者の仕事だ。
では彼の目的とする【攻略】とは何なのか。
「……罠が残ってたのは、宝物庫があったからか。と、なれば単純な職務怠慢ってぇことだな。クッソ、あとで報告モンだぞ」
それは、ダンジョン内の宝物庫の【攻略】。
この世界に存在するダンジョンには、生成された時点からどこかに必ずと言っていいほど金銀財宝を貯めこんだ宝物庫が存在する。
誰がどんな目的でダンジョンを生成しているのかも、そこに宝物庫を設置したのかは分からない……だが、そこに宝があるのなら彼は向かう。
宝に至るまでの脅威を【攻略】するために。
彼はその宝物庫の全てを自らの手中に収めることはしない。
彼が手にするのは、莫大な宝の中のほんの一握り。それ以外の宝は全て、彼を支援した者らへと分配されていく。
「ハハッ……今回の宝物庫はそこまでじゃねぇな。それらしい罠もなかったし、守護者もいたわけじゃなかったし」
多くの宝に囲まれながら、されど彼は悲しそうに笑う。
また1つの楽しみがこの世から失われてしまった悲しみと、それに見合うものがなかったことからくる感情だ。
ひとしきり笑った後に周りを見渡し、自らが必要な分の宝を見定めようとした時……彼の瞳はある一点に吸い込まれた。
装飾すらされていないそれは、冷たい輝きを薄暗い宝物庫の中で彼へと返してくる。
そして良く磨かれたのであろう。鏡の様になった胴体部は彼の顔を映し出していた。
そこにあったのは、鎧だった。
軽鎧と呼ぶべきそれは、何故か目が離せない。抗えない魅力の様なものがあった。
そして彼は……カナタ=リステッドはその軽鎧へと手を伸ばす。
夢遊者のようにふらふらと。されど健常者のように目的を持って。
己の手中に収めるが為に、自分の意思でその軽鎧へと手を触れさせた。
カナタ=リステッドは言うだろう。
『思えば、自分の人生の中での一番の失敗は此処だった』と。
『むぅ。中々に苦労したがこれで契約が繋がった。これから宜しく頼むぞ、我が主人殿よ?』
「……は?」
薄暗い宝物庫の中で行われた短い会話。
それは、今後の生活を大きく変える物語のプロローグ。
世界最大のトレジャーハンター……【盗掘者】カナタ=リステッドと、
世界最古のリビングアーマー……メアの出逢いだった。
「あー……で、だ。お前は一体なんなんだ」
『おやおや主人様。私が何であるか、どういうものなのかなんて知識として識っているだろうに。そんなに私の口から聴きたいか?』
「うるせぇ。モンスターってのは分かってんだよ。俺が聞いてんのはその先の話だ。……なんでモンスターが人間と会話してやがる?」
薄暗い宝物庫の中、俺は目の前に浮かぶ軽鎧に対して質問を投げかける。
この世界……あくまでも俺が知る範囲では、モンスターというものは思考能力を持たず、それでいて人間を見つければ殺しにかかる、言わば人類種の敵と言っても過言ではない存在のはずだった。
しかし目の前に浮くリビングアーマー……生きた鎧であるモンスターはそんな様子が感じられない。
『そうさな……うむ。簡単にいえば、私は元々人間なのだよ。主人様と同じ人間であった者の成れの果て。だからこそ会話が通じてもおかしくないだろう?』
「その理屈で考えると、元は人間……つまりはスケルトンやヒューマンゾンビ、スピリットなんかも基本的に会話が通じることになるが」
『おっと。ふむ、主人様は意外と頭が回るようだ。これは失礼』
「てめぇ……」
つい反射的に殴りつけてしまいそうになるが、相手は金属製の鎧。
自分の拳を痛めるだけだと自らを落ち着かせる。
「……正直な話だ。まだきちんと状況を呑み込めてるわけじゃねぇが」
ちら、と自らの右手を見る。
先ほどこのリビングアーマーに触れた手の甲には、鎖のような紋様が浮かんでいる。
触れるまではなかったもの。そして呪いのように悍ましい魔力を感じるもの。
そして、目の前の鎧との繋がりを確かに感じるものがそこにはあった。
「これ、もしかしなくてもお前が言った『契約』ってもんなんだよな?」
『いかにも。私と主人様を繋ぐ祝福であり、契り。どうやってこんなものを、と聞いてくれるなよ主人様。私と波長が合った己自身を恨むことだ』
聞いたことはある。
モンスターを使役する職業……俗に魔物使いと呼ばれる者らがモンスターを従わせるために契約を繋げることがあると。
一度契約を繋げたモンスターはどうやっても主人を害することが出来ず、一定距離離れることも、勝手に死ぬことも……まさしく奴隷のように命令無しでは出来なくなってしまう。
しかし、この契約を交わすことによってモンスター側は主人から魔力を供給してもらうことによって、自身の限界以上に魔力を使うことができ……主人側はといえば、契約を繋げたモンスターの力を一部一時的に使うことが可能となるのだ。
だからこそ、祝福であって呪詛である。そんなものが俺と目の前のリビングアーマーとの間で交わされたということなのだろう。
だが、はいそうですかで済ませるべき問題でもない。
俺はトレジャーハンターであって、魔物使いではないわけで。
「確かこれは主人側ならば簡単に破棄できるものだったよな。……お前の呼び方からして俺がその主人側なんだろう?ならこんな契約は即破棄だ破棄。ついでにお前は教会にでも突き出してやる」
『教会?……いやいやいやいや!待ってくれ主人様!そんな即断する必要はないだろう?少し、少しの間だけ私を傍に置いてはみないか?』
「断る」
『即答するな馬鹿者……!いやいや、本当に。役に立つから。私役に立つ。嘘じゃない』
なにやらわたわたと慌てだした(ように見える)リビングアーマーを尻目に、俺は契約を破棄するため紋様に魔力を込めていく。
詳しいことは知らないが、無理やり魔力を注ぎ続ければ契約自体も壊れるという話を聞いたこともある。
だがらこそ、この方法は確かに間違った方法ではなかった。
『お、おぉ……?なにやらどんどん魔力が送られてくるが……?』
だが、この場においてはそれは限りなく悪手でしかない。
通常、契約は『生身』を持ったモンスターに対してのみ行われる。
契約破棄の方法の一つである魔力の過剰供給も相手が『生身』を持ったモンスターに対して破棄を行うために生み出された方法の一つだったりする。
魔力というものは器に入った水のように、一定量を超えてしまうと漏れ出てしまう。
『生身』というのは、水の入った器そのもの。魔力の受け皿として機能するものなのだ。
では、水が漏れ出た状態をずっと続けているとどうなるか。答えは簡単だ。
器の方が壊れてしまい、元に戻すことができなくなる。
つまりは『生身』……肉体が破損し死んでしまうのだ。
簡単に言えば魔力によって身体が風船のように膨らみ、最終的には破裂する。
しかし、それは器があればこその話。
リビングアーマーは鎧だけで成り立っている『生身』無きモンスター。
その身体は魔力によって維持され、与えられた魔力や獲得した魔力によってその鎧の形を変えることから、魔力の塊がその様な形をとっているだけとも考えられている。
「……なんで契約破棄できねぇんだよ」
『なんだ主人様よ。破棄する破棄するといいつつも、私にこんなに魔力を注いでくれるなんて……嫌いきらいも好きのうちとか言うやつか?』
結果として、薄暗い宝物庫の中で元気に話すリビングアーマーと、その下で膝をつき落ち込むおっさんの図が完成したのであった。
契約破棄できない。
だが、それならそれで考えは一応あるのだ。
「……まぁ、壊せばいいよな。あとから来る奴らに見つかっても色々面倒だし」
『は、はぁ?!……まぁまぁ待とう主人様よ。待ってくれ頼む。あぁ、そんな鎚を構えないでそんなそんなそんな!!』
何やら五月蠅いが、構わず腰に下げていた壁壊し用の中型の鎚を鎧に対して振り下ろした。
が、しかし。
ガキン!という音と共に、俺の振り下ろした鎚は鎧に届く前に見えない何かによって阻まれてしまった。
「魔術障壁か、面倒な……」
『ふ、ふふーん!防御ならリビングアーマーである私の得意分野だからな!そのような鎚くらい問題ないわ!』
「声震えまくってるが?」
……しかし、どうするべきか。手持ちにゃ魔術障壁を敗れる得物はないんだよな。
元々、トレジャーハンターはダンジョンを攻略する冒険者のように、モンスターと正面切って戦うような職業ではない。
ダンジョン内に侵入するのは基本的には冒険者がダンジョンを攻略し、モンスターを狩り尽くした後。たまに逃げ延びた生き残りがいることもあるが、それについてもほぼほぼ瀕死のため居ないのと同じだ。
たまに例外はあるが。
今回はその辺りの危険性は低いと事前に報告されていたために、あまりモンスター用に装備を整えてきていなかった。
それがこんな障害に出くわすことになるとは。
『ほれほれ、壊すのではなかったのか?壊せるのなら壊してみいよ主人様よ』
「俺がお前を壊せないってわかったからっていきなり煽ってきやがって……ん?」
『む……この気配は、人間か?それも大勢だな』
宝物庫の中に居ても聞こえるほどに大きい足音。
それとともに、多くの人間の気配がこちらに近づいてきているのが感じられた。
リビングアーマーもどうやってか気配を感じ取ったようで、鎧の向きを扉の方へと向けていた。
普通、攻略後のダンジョン内に入ってくるのは依頼されたトレジャーハンターくらいで……大勢で一度に侵入するのは滅多にない。
あるとすればそれは、
「聖堂騎士様か。面倒事が重なりやがる……だが、幸運でもあるか」
『……聖堂騎士?』
「あぁ。お前みたいなモンスターだけじゃなく亜人なんかも目の敵にしてる教会お抱えの騎士様達だ。俺なんかよりもきちんとした装備を持ってるだろうさ」
『……私の知らない間に、教会も色々と変わってるのだな……――ん?』
俺は一安心して、宝物庫の財宝をある程度見繕い自分のバックパックの中に入れていく。
聖堂騎士は人間には基本的に無害な集団だ。
彼らが目の敵とするのは亜人……獣の特徴をもった人間範疇生物やモンスターなんかに対してのみ、その自称聖なる剣を振るう。
但し、彼らはそういった『粛清』をしている自分たちが上位の存在だと……神の使いか何かだと勘違いしているがために、少しばかり……いや、かなり態度が悪い。
そのため、対応する場合に言葉や態度を気を付けたりなどの面倒が生じるのだが……まぁ、あまり気にすることでもない。面倒だが。
「これでお前を任せてしまえば、俺は平和に帰れるってわけだ」
『……なぁ、主人様?この場合、私と契約を繋ぎ……尚且つ端からみれば仲睦まじく話している姿を見たら、その聖堂騎士様達はどう思うんだろうか』
「そりゃお前……不味いな。仲睦まじくないがそれは非常に不味い」
頭が物理的にも精神的にも堅い彼らは、俺のこの状況を見たらどう思うだろうか。
十中八九、俺の事を『粛正』対象として攻撃を仕掛けてくるだろう。
幸いここはダンジョン内。
聖堂騎士よりは構造に詳しいために、この場は逃げることは可能だろう。
しかし、逃げたら逃げたで問題がある。
……まだ見られただけなら疑いで済むだろうが……逃げたら認めてるようなもんだ。それだけは避けたい。
俺は神敵ですよ、『粛正』対象ですよーと言いながら逃げるようなものだ。
この場で逃げられたとしても、その後指名手配でもされてしまえばまともな生活は送れなくなるだろう。
今後の活動にも支障が出てくるだろう。
今依頼を持ってきてくれている支援者達も、流石に聖堂騎士に睨まれている相手に対して依頼するほど馬鹿ではない。
『なぁ、主人様よ。言ってはなんだが、連れて行ってくれるのならその騎士達の前では喋らないし、スキルを使って普通の鎧に擬態する事を誓おうではないか』
「……1つ、聞いてもいいか?」
そうこうしている間にもどんどん大きくなっていく足音。
『なんだ?』
「……なんでお前は俺についてこようとする?契約を繋いでまで外に出してほしい理由は一体なんなんだ?」
『あぁ、言ってなかったか?簡単だよ』
リビングアーマーは言葉をそこで一度切る。
もしも人の顔が付いていたのであれば、恐らくその顔は苦笑いを浮かべていたのだろう。
そう思わせるような声で、鎧は続きを語る。
『……私は戻りたいんだよ、人間に。そして、どうして私がこうなってしまったのかも知りたいんだ。ただの村娘だった私が、なんで、こうなってしまったのかを』
聖堂騎士達が俺達のいる宝物庫の扉の前に辿り着いたようだ。
何やら整列でもしているのか点呼の声まで聞こえてくる。
もう、逃げることは出来ない。
「……はぁ~……このダンジョンから出て、俺が安全な場所に行くまでは連れて行ってやる。そこからは勝手にしろ」
『!』
「気を許したつもりはないし、手伝う気もない。この場を乗り切るにはそれが最善だと考えただけだ」
俺の目の前に浮く鎧を手に取った、その瞬間だった。
宝物庫の扉が外から開け放たれた。
そちらへと視線を投げれば、多くの聖堂騎士が立っているのが見える。
その顔は俺が居たことに対しての困惑と、手に持つ鎧に対しての僅かな疑問によって彩られていた。
当然だろう。今の俺は端からみれば、子供を高い高いするように鎧を掲げているのだから。
「あー……失礼。君はトレジャーハンターかね?」
「……おっと。申し訳ございません、恥ずかしい所を見られたようで。いかにも、トレジャーハンターのカナタ=リステッドという者です。……貴方がたは聖堂騎士様で?」
「あぁ。中に入ったトレジャーハンターが規定の時間になっても戻ってこないと報告を受けたため捜索へとやってきたのだが……ふむ、どうやら無事なようだ」
「それはご心配をかけたようで……。久々に質のいい宝を見つけてしまい、舞い上がって時間を忘れてしまっていました」
鎧を下ろし、訪ねてきた騎士に頭を下げる。
恐らくは彼が一番偉いのだろう。俺の言葉を聞き、他の騎士へと指示を出し始めた。
「無事ならば問題ない。これだけの数の財宝だ、童心に帰ってしまうのは致し方あるまいよ」
「分かっていただけたようで何よりです。騎士様たちはこれから地上へと帰還するので?」
「君の捜索が目的だったからな、そうなる」
「ならば失礼ではありますがご一緒してもよろしいですか?今回持ち帰る財宝の数が思ったよりも多く、出来る限り安全に帰還したいと考えていまして」
「問題ない。しかし、少しだけ休ませてもらっても構わないだろうか?何分急いできたからな。私はともかく他の騎士達の疲労を考えるとここで休んだ方が良さそうだ」
「元より私の所為。文句は言いません」
「ならば良かった。……ここは安全なのだな?」
「はい、これ以上なく」
その後言葉を一言二言交わし、暫く休憩した後に俺と聖堂騎士達は宝物庫を後にした。
俺はその腕の中に、意思ある鎧を抱えながら天を仰ぐ。
……どうしてこうなった……。