七話 『 ルチル驚愕す! 』
ルチル・ハーバーグは三度眼を覚ました。
一度目は、何故そうなったか分からなかったが、大きな動物の白黒模様の背中でほんの少し意識を取り戻したとき。お腹の減りすぎで朦朧とする意識の中、どうしてか目の前で揺れる自分の腕が毛深くなった様に見えた。
二度目は、甘くておいしそうな匂いに起こされたとき。今すぐにむしゃぶりつきたくなるその匂いは、それが何なのかをルチルに理解させる前に口を開かせた。吸い付けば吸い付くほど芳醇なミルクを提供してくれるそれにルチルは夢中になり、それこそ我を忘れて飲み続けた。
三度目は目を覚ましたというより、意識がはっきりしてきたという方が正しいかもしれない。無我夢中で飲み込んだ芳醇なミルクでお腹いっぱいになったルチルは、ようやく自分の周囲に目を向けることや、あるいは自分自身に意識を向けることが出来るようになった。
だから、ルチルは。
自分に起きている今の状況に、ようやく気付くことができた。
(……、おっぱい?)
目を開けて最初に気づくのは、おっぱい。そこから突き出ている乳頭。
『気づいたら目の前におっぱい――という事は、さっきまで飲んでたのって……?』
もちろん眼前のおっぱいから頂戴したものだ。
という事は、ともあれ生き残ることはできたらしい。
ほっと息をついてまずは自分の命があることに感謝する。
が、今の状況は些か以上に奇妙だった。いや、奇妙過ぎた。
だからルチルは困惑する。
(えー、っと……これは……)
当たり前だ。
普通に考えて、例え行き倒れを見つけたとして自分の乳を吸わせようとする女性がどこにいるだろうか。一体どんな相手なら行き倒れに対する処置で授乳を選択しようと思うのか。
しかも、さらに奇妙なことに、ルチルは目の前にあるおっぱいに見覚えがなかったのだ! ――いや、勘違いが無いように言っておくが、それはルチルが胸の形を見ただけで誰かを判断できる様なおっぱいマイスターだという事ではない。大きさや形はもちろん、乳頭の色つやにしても女の子のルチルから見ても羨むほどなのだが、現在相手の胸に顔を突っ込んでいる状態のルチルの狭い視界の中に納まっている白と黒の模様――いやさ、体毛に見覚えがないという事だ。それも、抱かれる感触で分かるが、相手は衣服を身にまとってすらいない。
いろいろと疑問や奇妙なことが頭をかける中、けれどルチルは、そんな問題など後回しにしなければならないことを知る善良な女の子であった。
(ううん、そうじゃないよね! 助けてもらって奇妙な人だとか、失礼すぎるもん。きちんとお礼を言わなくちゃ! ……けど、ちょっと恥ずかしいかも)
いくら意識がもうろうとしていたとは言え、赤ちゃんでもないのにおっぱいにむしゃぶりついていたことに今更ながら恥ずかしくなるルチル。だがそれでも自分の中での優先順位を定め、ムンッと恥ずかしさを追い払って顔を突っ込んでいる豊満な胸から勢いよく頭を上げた。
『ど、どなたかは知りませんが! 助けてくれて本当に ―― へ?』
その時、頭の中が真っ白になった。
視線の先、ルチルを抱いて自らの乳を与えていた人物――いや、人物というのは間違いなのか、こめかみのあたりから角をはやした綺麗な女性と目が合えば、きっと誰だって言葉を失う。
『あら、目が覚めたのね。どう、お腹はいっぱいになったかしら?』
簡単に表現すれば、牛女だった。
角をはやし、白と黒の体毛を服と着た、きれいな胸を突き出す牛女が、助けてくれた張本人(?)だったのだ!
次回 「 朝のスープと絆創膏 」