二話 『 超絶牛女、ルチル!? 』
目にするなりルチルに抱き着いたアニールは目を潤ませる。
「ありがとう! 本当に……本当にありがとうね、ルチル!」
名を呼ばれ、抱きしめられたことに驚くルチルは「へ!?」と変な声を上げて固まる。
「えっ、えぇ? アニール……? えっ?」
「いいの、何も言わないで。私にありがとうって言わせて」
アニールは抱き着いた腕から力を抜いて、ルチルの頬を両手で包み込むようにして見つめる。
「ルチルはこの村を……ううん、村の人たちを助けてくれた。本当なら村長の私が何とかしなくちゃいけない事だったのに、何もできなかった」
「そ、そんな、アニールは頑張ってたよ!」
「ううん、私は何もできなかった。隣にマルコがいてくれたから、何とか立っていられただけ」
「そしてそれは、僕も一緒なんですよ。ルチルさん」
声のする方向を振り向けば、マルコが頬に泥汚れを延ばした顔で立っていた。
「僕だって、本当なら山守りとして二ペソを守らなければいけない立場だったのに、それをみんなミイ姉さんや山ヌシ様、それにルチルさんに任せきりでした。不甲斐無いことで、顔向けなんてできることじゃないですけど……」
「わ、わわ! マルコ君もなに言っちゃってるの!?」
「でも、やっぱりお礼は顔を向き合わせてしないといけないですから」
そういうとマルコは最高級の笑顔を浮かべて頭を下げた。
「ルチルさんのおかげで二ペソは救われました。本当に、ありがとうございました!」
マルコの中性的な美少年スマイルがルチルの胸を貫く。
(ハウアッ! この顔は反則じゃないかな!? いくら子牛になってるあたしにだって、ドキドキする心くらい残ってるんだからーッ!)
ルチルはカッと熱くなる胸を押さえてドキドキを落ち着つけるために深呼吸した。スーハースーハーと幾度か繰り返し、牛になったのに絶壁を維持する自分の胸をトンとたたく。
(ああ、落ち着け自分。マルコ君はあの超絶美麗なスマイルを子牛のあたしに向けたの。人の姿じゃなくて、子牛の、あたしに……………………あれ?)
そこでようやく、ルチルは今の状況の奇妙さに気が付いた。
「何であたし、アニールやマルコ君とお話してるの……?」
その疑問が頭に浮かんだ瞬間思考は白く染まり、茫然と困惑がないまぜになった感情がルチルを埋め尽くした。――言葉を変えよう。「はへぇ?」と可愛く口を半開きにするルチルの頭に、ハテナがいっぱい飛んでいた。
ルチルは自分の顔や首を触る。しかしそこに変化はない。人だった頃にはない体毛の感触が手のひらにあり、包帯がぐるぐる巻かれているせいでよくは見えないが、自分の腕だって白い毛が服のようにそろっている。
そしてさらに奇妙ことが脳裏をかけた。
「って言うか名前! 何で知ってるの!?」
慌てて、なぜか焦ったように口にするルチル。
そんなルチルに、マルコとアニールは目を見合わせるとクスと笑んで、言った。
「自分で言っていたんだよ。ねえ?」
「そうですね。昨日、ルチルさんたちが鉄砲水の勢いを殺してくれたあと、僕とアニールさんも一緒に『おいしさん』の所に行ったんです。着けばボロボロの姿の山ヌシ様とミイ姉さんが、気を失っているルチルさんを見守るように立っていて……だから僕たちは急いでルチルさんを牧場に運んだんです。怪我からの出血で、少し危険な状態でしたから。けど、その途中で――」
「ルチル、あなたの姿が変わったの」
「そう、あたしの姿が……って、えぇー!?」
「本当は山ヌシ様にもついて来てほしかったんですけど、あの方は「ぶぼぅ」ってひと鳴きすると山に帰ってしまいましたし、ミイ姉さんは「モフゥン」って鳴いたら説明終わりだってくらいで」
「私たちも驚いたのよ? けど、運んでる子牛が女の子の姿になったって、村を助けてくれたことには変わりないし、それに……それにルチルがとっても優しいことをもう知っていたもの」
「どこからともなく現れて、たくさん僕やアニールさんのお手伝いをしてくれて」
「そのうえ、あんな大きな災害から私たちを守ってくれた。寝ぼけてたのか、寝言だったのか、ルチルって言ってたから勝手に呼んでたんだけど……」
「もし嫌であれば、謝ります。ごめんなさい」
「ち、ちがうよっ。いいの、呼んでいいの。だってあたし、ルチルだし」
けど、この中途半端な人間の姿は一体どういうことなんだろう、とルチルは思う。もう一度触ってみるが自分には白い体毛がある。まるで、自分が昨日まで見ていた世界が現実になったような、そんな感覚だ。
(あれ。ってことは、あたし今度は牛女になっちゃったってこと……だよね)
完全な子牛から、牛女へのクラスチェンジは進歩なのか、どうなのか。ルチルには判断できないのだった――。
次回 「 ヨイコトの欠片 」




