終章 一話 『 ルチル、ごめんなさいする 』
ルチルが目を覚ましたのは翌日の、日がずっと高くなってからだった。
干し草のベッドからむくりと体を起こせば、ズキンと全身から悲鳴が上がる。
(うぐ……痛い……)
ぼんやりとした視界の中、自分の体に包帯らしきものがぐるぐると巻き付けられているのを知って、それがオーバーオールの中まで巻かれていることから、自分が脱がされたことに気が付く。が、そこは寝起きのルチル。意識がはっきりしない状態では恥ずかしがることもない。
(……って言うか、あたし今、牛だし。美少年牧場主に裸見られたって……牛だし)
嘆くでも悲観するでもなく、事実をボウと考えるルチル。そう言えばミイ姉さんはどこだろうと近場に視線を向けるが、まだ昨日の疲れと傷の痛みが残っている体はぎしぎしと動かしづらく、辺りを見るのも一苦労だった。
(牧場の方かな……? ァイテテテ……)
痛む体を動かして周りを見てもミイ姉さんはおらず、牛舎を出て牧場に向かう。
しかし、そこにもミイ姉さんの姿はなかった。
(あ、そっか……今日はお祭りだったっけ。今日のためにみんな一生懸命用意してたし、もしかしてミルク姉さんも村に顔を出してるのかな……)
いわばミイ姉さんは二ペソ村の顔だ。体の大きさや寿命の長さもそうだが、とある女性たちに脈々と言い伝えられている『伝説の牛乳』の話が、二ペソの顔である要因で、そんなミイ姉さんが村でもてはやされないはずがない。
だからルチルは村に向かうことにした。ボーッとしたままノロノロと、牛歩と言われるのがわかるような歩き方で。
そして。
ノロノロと半分寝ながら歩いて、十分。
ルチルは村に着いて一つ気づいたことがあった。
「あれ、お祭りは……」
祭りが開催されていない。
二ペソの祭りがどんなものかはルチルの知るところではないが、祭りを開催しているにしてはあまりに村が静かすぎる。あるいはどこかの宗教のように、ただ黙々と祈りをささげるだけの行事なのかもしれないが、マルコが以前に言っていた話によると、村の広場で大きな火を囲み先代村長がミルク酒をかっくらうほど飲むようなものだったはず。
「まさか、中止になっちゃったのかなぁ……」
少し寂しそうにルチルは独り言ちる。
考えてみればそれが一番可能性として大きいこと。
樹々と土砂を大量に含んだ激流が村を襲いそうになって、それをマルコとアニールが村に知らせて、ギリギリのところで村の壊滅は阻止したけれど、村人たちの動揺や村のすぐそばまで流れてきた大量の泥や樹木の後片付けだって残っているはず。
「ううん。防いだって言っても、あんなにギリギリじゃあ被害が出てるかもしれないよね」
あたしがもっと上手にものを考えられていたらなぁ――ルチルは沈痛な表情でため息を吐きながら、村の中を歩く。どこか向かう当てがあったわけではない。それでも足は勝手に、もし昨日の激流が村に届いていたら初めに被害を被っていただろう、川につながる道の方向へと進んでいた。
そしてついた先で目にするのは、村の入り口まで流れ込んできた大量の樹々や土砂を片付ける、大勢の村人たちの姿だった。しかも、入口の近くにあった家屋は大きな木の幹に壁を貫かれていて、とてもそのまま暮らすというわけにはいかない状況になっている。
少し離れたところからそれを眺めるルチルの顔がみるみる悲しく歪み、奇妙な声が勝手に口から洩れた。
「……へぶっ。あだじが……もっと早くでぎでれば……ぶへぇ」
ボロボロと流れる涙を両手でごしごしこすりながら、ルチルは心から謝る。
離れた位置、村人たちの作業姿を眺めながらではない。
歩き、近づき、二ペソに住む多くの人たちに涙を零しながら、ルチルは謝るのだ。
「ごめんなばぃ……あだじのぜいでこんな……お祭りもじゅうぢになっじゃでぇ……」
近づくにつれて、村人がルチルに気づいて目を丸くした。けれど、すぐに優しい表情に変わると、口々に村人たちは言う。
「なに言ってるんだい。君のおかげだろう」
「そうだよ、村を守ってくれたのはあんたじゃないか」
「謝ることはないさ。私たちは君に感謝してるんだから」
それでもルチルは胸の奥から溢れてくるごめんなさいの気持ちに押されて、鼻をすすり上げては謝り続ける。
「ううん、あたしが……もっと、頑張れてたら……ごめんなさい……ごめんな――」
その時だ。
「ルチル!」
と呼び叫ぶ声が聞こえたと思ったら、ルチルはギュウッと強く抱きしめられていた。
次回 「 超絶牛女、ルチル!? 」




