十六話 『 遂げるために必要なこと 』
ルチルの掛け声と一緒に、山ヌシがその巨体を生かして巨大すぎる岩にぶつかっていく。まるで岩と岩がぶつかり合うような音があたりに響いた。
(すごい、これなら……!)
ルチルはそう思うも、しかし巨大な岩はびくともしない。
(……まあ、一回で何とかなるなんて思っていないもんね!)
もう一度距離を取り、二人は再び一気にぶつかっていった。大きな音が鳴り渡る。
そんな光景を後ろから見るマメとキノコは、すぐには動物たちが何をやっているのか分からなかった。村に向かっていたと思ったら急に進路を変えて、大きな岩に突撃し始めればきっと、誰だって戸惑うはずだ。けれど、今がどんな状況で、自分たちが何をしに山を下ってきたのかを考えればすぐに答えは出た。
「なあ、キノコよぉ。これぁ……」
「ああ、たまげたことだが、あのあまりにデッケェ岩を倒して、水の勢いを殺そうって腹積もりらしいな、この巨体の猪と白の子牛は」
「キノコ、俺ぁよぉ。こいつらには頭が上がんねぇや。姉さんがしでかしたことで、こんなにも全力で事に当たってくれるなんてよぉ」
「だったら、俺たちのすることは決まってるのと違うかぃ、えぇ、マメよぉ?」
二人は心を決めて力強くうなずくと、一気に走り出した。
大岩に体当たりをしに、ではない。
そのまま、崖下を目指して一気に駆け下りていったのだ。
「どっちだっていい、二人のどっちか、大岩の足元にダイナマイトを仕掛けられれば!」
「そうさ、あっしかキノコのどっちでも、ダイナマイトに火を入れられれば!」
「「それがいま、俺たちのやることだぁあああぁぁあぁぁあぁあぁ!」」
『マメさん! キノコさん!』
その二人の行動に、ルチルは声を上げた。
けれど聞こえてきた叫びの内容に、ルチルはただ信じるしかない。
『あやつら、崖下に駆け下って行ったがまさか逃げたのか?』
『ううん、違います。二人は、あたしたちの手伝いのために行ったんです』
『……、そうか』
そう言った山ヌシは再び巨大な岩と距離をとると、
『ならば俺たちも休んではいられないなッ!』
また一気に全身でぶつかりに行く。
――だが。
一分が立ち、体全体で体当たりしていた山ヌシとルチルの体からは血が噴き出し。
二分が立ち、崖下に激流が到達しても威容を誇るように屹立する巨大な岩が動く気配はなく。
三分が立ち、下に降りて行ったマメとキノコが戻ってくることもない。
体中から血を吹き出すルチルと山ヌシは、ただ無言で巨大すぎる岩に体当たりを続ける。
あと二分ほどで激流は村へと到着し、何もかもを巻き込んで呑み込んでいくだろう。
そうなったとき、村は、マルコたちは――。
巨大な岩へぶつかる回数が増えるたび嫌な未来が頭の中をちらちらと過り、焦りと不安でルチルの体は末端から冷たくなっていく。
(もし、駄目だったら……そもそも、岩が倒れるようなものじゃなかったら……ちょっとしたきっかけで倒れてしまいそうな見た目はとは裏腹に、大昔に一枚岩が何かの切っ掛けで隆起したものだったら……倒そうとしたこと自体が間違いだったら……ッ!)
……そんな、絶望的なことすら考えてしまう。
ガチガチと歯の根の合わない心がルチルの肉体に影響を及ぼし、わずか諦めかけた――その時。頼もしく、力強い声が二人に届いた。
『お待たせ二人ともっ!』
『ミルク姉さん!』
『ミルク殿!』
ミイ姉さんはその場に着くなり、足を止めることなく巨大な岩に突っ込んだ。
『――――――――――――――――――――――――――――ッッッッ!』
それは、突っ込んだミイ姉さんの頭蓋骨が砕けるのではと思える勢いで、たとえ常識の埒外にいるミイ姉さんであっても生き物が起こせる物とは思えない爆音が、空間を振動させるほど。
『ミルク姉さん、すごい……なら、あたしも!』
『さすがミルク殿。山ヌシとして負けられん!』
その凄まじい光景に感化されたのか、弱気に飲まれそうになっていたルチルも、そして山ヌシも、さらに強く岩に突っ込んでいく。
すると、今までピクリともしなかった巨大な岩がぐらり、と小さく揺れた。
『あ、岩が! 動いたよ! ミルク姉さん、山ヌシ様!』
けれどその揺れもすぐに収まり、また巨大な岩はその威容を屹立させてしまう。
しかし、変化はあった。
その変化は小さいけれど、確かな希望だった。
『手応えはあった! 間違ってなかった!』
『そうね、少しだけど動かせたわ』
『うむ、ならばもう一息か!』
三人は息を合わせて何度も岩に突っ込んでいった。
もうすでに一分を切ろうとしているタイムリミットの中で、何度も、何度も、何度も。
もう少しで二ペソが救える――激流たる崖下の勢いを殺すことができる。
そう思いながら、何度でも巨大な岩に自らをぶつけた!
だが。
しかし。
それでも。
圧倒的に時間が足りない。
全員の心にあるのは、あと数分早くこの場についていれば、という後悔に似た焦燥。
募り、増えるのは、焦りと体の傷ばかり。
巨大な岩は体当たりするたびにぐらりと揺れるようにはなった。
けれど、足りない。
あと一つ、あと一つ何かが足りないのだ。
(倒れて……倒れてよ、もうっ!)
そう考えながら、もう幾度目かもわからない体当たりを繰り返し、繰り返し、繰り返し。
もうだめかと思った――その瞬間。
ズガドゥォォォォォォンンンンンンっ! という天地をひっくり返したような爆発音と一緒に巨大に過ぎる岩が大きく揺らいだ。
次いで、二つの声が崖のすぐ際あたりから響く。
「「いまですぜぃ、お三方ぁぁぁあぁあぁあぁ!」」
山主とミイ姉さんにはもちろん人の言葉など聴き取れはしなかったが、だがその声がどんな意味を持っているか、ルチルに教えられずとも理解でき、三人はタイミングを逃さずに残った気力と体力を全部つぎ込んで巨岩へと走った。
『『『いっけぇっぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!』』』
息をピタリと合わせた突撃は大岩に当たると同時に爆発の音にも負けない轟音を発し、ぐらりと揺らいだ巨大な岩は揺り返すことなくゆっくりと、しかし確実に崖下の激流を遮る格好で倒れていった。
どっぱああああんっ! としぶきが上がり、倒れた巨大な岩につられて巻き起こった波が崖に当たって弾ける。
見れば、巨大すぎる岩はルチルが思った通り、即席の堤防としてその役割を発揮していた。
岩を倒したルチルと山ヌシとミイ姉さんは僅か茫然としたような表情で互いを見合わせると、直後、ルチルは飛び跳ねて喜び、山ヌシは静かに口角を持ち上げて、ミイ姉さんはほっと胸をなでおろしたのだった。
だが、ルチルが意識を保てたのは、この時までだった。体当たりを続けたことによる極度の疲労と、遂げるべきを遂げられたという緊張の糸が切れたせいで、意識を失ってしまった。
一つ奇妙なのは、気を失ったルチルの顔が、穏やかな笑顔を作ったままだったということだろう。
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