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旅する少女と祠の呪い  作者: kokohuku
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十五話 『 不撓不屈 』

 視界の開けた場所は、ここ数日、マルコと一緒に祈りに来ていた小さな祠と、奇妙なバランスで屹立する巨大すぎる大岩がある崖下の川だった。

「ここまでくればもうすぐだよ、ミイ姉さん。頑張って!」

 すごいスピードで一気に駆け下りたミイ姉さんの背中から、マルコが声を張り上げる。マルコもアニールも背中にしがみつくだけで精いっぱいといった様子だが、その目にはやり遂げるという覚悟が色褪せずに燃えていた。

(よぉし、あの岩っていうより、もはや小さな山ってくらい大きな岩を過ぎれば村まであとは数分もかからない! これなら間に合うかもしれな――――)

 そこで。

 ルチルの思考に空白が生まれた。

 いや、正確には、空白を生むノイズが思考の隙間に挟まったのだ。

(……、え?)

 それは無意識だった。

 ルチルは無意識に後ろを振り向いていた。


 もう目の届く範囲の山の木々が、大きな音を立てて次々とへし折れていた。


 心臓が本当に一瞬、止まったような感触をルチルは知る。

(早い、早すぎる! もう五百メートルもないよっ!)

 繰り返すが水の流れは時に速い。目前に迫っているような災害の時は時速数十キロを超すことだってある。仮にそれが時速十五キロメートルの早さだとしても、二分もしないであの激流は今ルチルが立っている位置まで届き、この場の地形すら変えて二ペソへと迫ってしまう。

 このままでは確実に間に合わない。ここから二ペソまで驚異的な速度で走るミイ姉さんと山ヌシ様の足があっても。仮に村で「大水が起こりました。逃げてください」と叫んで何人がその言葉を即座に信じ、何人が行動に移してくれるか。全員が行動に移してくれたとして、何人が押し寄せる激流の被害から逃れられるのか。ルチルには予測も出来ない。

 ルチルは思考をぎゅるりと回す。足は止めずに頭の中にあること、故郷である水の都で培った経験と情報を総動員させて、この状況をどうにかしようと苦心する。

(――っ! 生まれ育ったモモトトの街じゃ毎年一本以上の橋が流されて、修理や補強をされていたよ。時にはかけなおすことだって! その時、みんなどうしてた? 大きな水の流れをどうやって抑えていた? ……土嚢? そうだ、数えきれない土嚢を使ってた! 結局水は流れて行っちゃうから子供の時は意味がないように思えたけど、あれは水の勢いを殺すために必要だった!)

 だが、山村に大量の土嚢があるなんて聞いたこともない。

 だったらどうするか。

(土嚢の代わりをしてくれる何かがあれば……水の流れを一度抑え込めれば――!。あの激流は木や土砂を大量に含んでる。なら、流れを抑え込めれば流されてきてる木や土砂が勝手に堤防の代わりになって、勢いを殺してくれる!)

 ルチルは大きな声で叫んだ。

『ミルク姉さん、山ヌシ様! もう間に合わない!』

 その叫びにミイ姉さんも山ヌシも驚愕を表し、それでも足を止める様子はない。

『間に合わない!? 何を言っているのだ、ルチルとやら!』

『だって、間に合わないんですもん!』

『ッッッ! だとして、どうするというのだ!? ここまで来てやはり無理だと逃げるのか!』

『逃げません!』

『ならば如何にする!』

『おいしさんには転んでもらいましょう!』

 それは、二ペソの山に住む者なら動物であっても予想できない答えだった。

『完全じゃなくていいんです。流れを弱めることができれば、あの激流は自分が巻き込んできたものの重さで勢いを殺されます。そうすればあとは時間が解決してくれるはずです!』

 ミイ姉さんと山ヌシは足を動かしながら互いを見た。

 短い質問がルチルに飛ぶ。

『ルチル、本当にもう、間に合わないのね?』

『うん。村の人たちを少し逃がすことならできると思います、けど……』

『そう……』

 ミイ姉さんはもう一度山ヌシに視線を向けると、コクと頷いて見せた。

 直後、山ヌシは方向を変えて一気に崖を駆けあがった。いくらか坂になっているとはいえ、その背中に乗っているマメとキノコにとってはたまったものではないスリルを味合わせて、山ヌシは崖を登りきる。ならば自分もと、ルチルも山ヌシの真似をして崖を一気に登り切り、走るミイ姉さんに声をかけようと崖下をのぞけば、息を飲む高さに少しめまいを覚えた。

 ミイ姉さんが叫ぶ。

『私はマルコたちを村に送り届けてから行くわ。少しでも村人を助けられるなら、その方がマルコもアニールも納得するはずだもの』

 確かにその通りだった。突然の山ヌシの行動の変化に驚いているマルコとアニールを一緒に崖の上に連れて行っても、二人は勝手に村に戻ってしまうはずだ。そして、二人が戻ったとして、ルチルが提案した方法が失敗したなら、村人だけでなく二人もろとも激流にのまれてしまう。であれば、わずかな可能性かもしれなくてもこのまま村に送り届けた方がいいとミイ姉さんは判断したのだ。

 ルチルはそのままミイ姉さんを見送ると、背中のマメとキノコを振るい落としている山ヌシに声をかけた。

『やりましょう、山ヌシ様!』

『ふん……本当にこれで、何とかなるんだな……!?』

『はい! 後はあたしたち次第です!』

 見れば山から下ってくる激流は、樹々や土砂を大量に含んだ濁流になっていた。なのに、濁流と表現するにしては流れが速すぎる。どろりとした水が雪解け水のような純粋な流れを維持して勢いを保っていた。

 激流と村の距離を考えれば残った時間はあと五分もない。

 けれど、ルチルも山ヌシも諦めるような眼つきをしていなかった。

 諦められるはずがない。

 ここには命が無数にある。

 ルチルは山ヌシと視線を合わせて頷いた。

『じゃあ、行きますよ……ッ!』

 ルチルの掛け声の直後――大地を削る激流にも負けない馬鹿げた音が、二ペソの山々に鳴り響いた。


次回 「 遂げるために必要なこと 」

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