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旅する少女と祠の呪い  作者: kokohuku
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五話 『 お誘いとミイ姉さん 』

「あ……ああ、そうだマルコ!」

「なんです?」

「崖の祠には今日も行くの?」

 アニールの視線が眼鏡越しに家の横の坂をさらに上った先、村を越えて山の中へと移った。そこにあるのは坂の上にある自分の家よりさらに上の、山道に突っ込んでいくような一本道。これを進んでいけば大きな川と、それを見下ろせる高台の様な崖、そして見上げるほどの大きな岩と小さな祠がある。

 柄の長いお玉を操りながら、マルコはすぐに答えた。

「えっと、はい、行きますよ。いけない日でもなければ、毎日行くのが父さんとの約束だから。村を回り終わって、うちでご飯を食べて、それからですけど」

「ふうん、そっか……」

 視線を戻して、マルコがミルクを移している作業を見るでもなく見るアニールは、少し考える間をあけて、

「なら、さ。今日はうちで食べないかな……朝ごはん」

「え?」

 マルコの手が止まった。僅か驚いた眼がアニールに向けられる。

 その目に少しだけたじろぐアニールは、頬を掻いた。

「いやほら、あの、そう! 昨日初物のお野菜分けてもらったから、これからスープにしようと思ってて。せっかくの新鮮なお野菜だもの、一人で食べるのもつまらないなーって。それに、祠に行くならうちからの方が近いし、たまには私も行きたいし、お互い一人のごはんよりおいしいかな! なんて……」

 ど、どうかな? アニールはそう続けると、かけた眼鏡の隙間から覗くような上目遣いでマルコを窺った。

「うーん、どうしよう……」

 止まっていた手を動かし鍋一杯にミルクを移し終えるマルコは、鍋の中で揺れるミルクを見つめた。それからアニールに向き直って鍋を渡す。

「そうですね、呼んでもらえるなら喜んで」

「そう? よかった! 来てくれるなら、うんと丹精しなくちゃ」

 受け取ったミルクを手に、アニールは笑顔を作った。その様子になんだかこっちまで嬉しくなるマルコは、ただ呼ばれるだけでは良くないとパンの用意を申し出る。

「なら、そのスープに合う焼き立てのパンを持ってきます。さっきパン屋のモゥイさんが、今日のエンパナーダは一味違うぞ! って、誇らしげでしたから」

「そんな! 私から誘ったのに、悪いよ」

「いいえ、せっかくの料理なんです。僕が用意できるものがパンくらいしかない方が申し訳ないですから」

 話をしながらミルク代を受け取って、自分の着るツナギのポケットへ落とし入れる。すぐ後ろに置いたブリキ缶の蓋を閉め、荷車へと乗せた。

「じゃあ、この後のミルクを売り終わったら道具を戻して、色々用意してからお邪魔します。――あ、コレっていうパンがあれば教えて下さいね」

「ううん、マルコが選んだものなら何でもいいよ」

「そうですか? なら、美味しそうに見えるものを幾つか見繕ってきますね」

 マルコはそう言うと軽く会釈をして、「じゃあ、また」と荷車を再び引き歩く。ガランと響かないベルを鳴らして荷車を引くマルコの後姿に暫く手を振っていたアニールは、胸の横でぎゅっと手を握ってから嬉しそうに家へと駆け戻っていった。


 πππ


 牧場にマルコが戻ってくる前のこと。

 朝のお勤めが終わってやることと言えば、彼女には年中()っても何故か()べ尽くせない牧草を()むことと、時折戻ってくるそれらを反芻すること、そして(たか)ってくる虫を腰に垂れ下がる尻尾で追い払うことくらいで、それ以上の何かを積極的にしようなんて考えることはなかった。

 彼女が『自分は何者であるか』ということをきちんと理解していれば当然だ。

 例え、人間の世界に順応できなくとも、自分が牧場で飼われている事や、飼い主の考えている事や、己がどういった目的で必要とされているのかをちゃんと分かっていれば、そもそも人間の形をしていない自分が人間の世界に収まる必要なんてないと知ることができるのだ。

 だから彼女は、今日ももそもそと牧草をはむ。気ままに、自由に、惜しげもなく、のんびりと。

(とは言っても、私がただの『牛』なのかって聞かれれば、そうね、違うと言わざるを得ないでしょうけどね)

 彼女は朗らかな一日になるだろう空の下、モフゥと考えるのだった。


次回 「 大きな亀 」

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