七話 『 震える声、揺るがない意志 』
カルネの道に立ち塞がるルチル。
二度も道をふさがれたカルネは鼻からため息を抜いて首を振った。
「何だい、モーモーと。まさかとは思うが、アタイを止める気なんじゃないだろうね」
『そのつもりです! カルネさんは知らないかもしれないけど、祟りは本当にあるんです。あたしみたいに牛になっちゃうかもしれないんですよ!』
「なんて言っているかは知らないけれど、その目……へぇ、本当に止める気なんだねぇ」
『そうですよ。あたしはここからどきません。だから――』
ズドンッ! という鼓膜どころか内臓を貫く大きな音が二ペソの山をこだました。
『へ……ぇ』
身を竦めて、一瞬何が起きたのかわからなくなったルチルの鼻先に、カルネは真新しい硝煙の臭いを放つ猟銃の銃口を突き付ける。
「良い度胸だと言いたいところだけどねぇ……お前、人の怖さを知らなすぎやしないかい。それとも、呑気に飼われる畜生は、人が恐ろしい生き物だってことを忘れちまうのかねぇ……」
『ぁ……あ、ああ…………っ』
「お前はアタイを助けてくれた命の恩人だがね、アタイは自分の命より大切なもののためにここまで這い蹲って来たんだよ。なら、アタイはお前を殺してでもやり遂げなけりゃいけないんだ。――いいかい、一度だけチャンスをやるよ」
そう言ってカルネは、突き出した銃口をルチルの額に押し当てた。見ただけでゾクリとするほど冷たい視線でカルネは告げる。
「そこを退きな。言葉が通じないからといって、お前だって生きた獣だ。これが命のやり取りだってことくらい分かるだろう。引いてくれりゃあアタイは引き金を引くことはない。けど、引いてくれなきゃアタイは命の恩人だって簡単に殺す。この銃はライフルじゃあない。お前くらいの子牛の頭なら、粉みじんに吹き飛ばすこともできるんだからね」
だから、退きなよ――カルネはそう言って引き金に指をかけた。実際に言葉が通じているなんて考えてはいないが、不思議とその言葉はすらすらと出てきた。じっとルチルの目を見つめて、反応を待つ。
――けれど。
『あだじ、は! 退ぎまぜんっ!』
ルチルは額に銃口を当てられたまま頑としてそこを退くことはなかった。
怖くない訳がない。怖いに決まっている。痛いことをされたわけでもないのに次から次へと涙があふれて止まらないくらいに怖い。だって、ルチルも数か月の旅をして、猟師が銃を使っているところを見たことがある。その時は大きな猪が、たった一度の発砲で顔の半分を吹き飛ばされて死んでいた。そして死んだ猪を小川の上に枝を伸ばした木に吊し、頭を落として、血抜きをして、手足を切り取って、皮を剥いだあと内臓を抉り出して、部位ごとに肉を細かく切り刻み、それらを焼いて食べていた。美味しそうに。笑顔で! 自分自身も、それを喰った!
ルチルは額に感じる銃口によってそんなことを考えて、人がどこまで残酷になれるかを思い出して、それでも――震える手足に力を込めて、勝手にあふれる涙を無視して、ルチルはカルネの瞳を睨み返した。
改めて言うが、ルチルは運の悪いお人よしだ。普通なら古めかしいお社を少し壊したからと言って呪いなんかにかからないし、牛の姿から戻るために自分の中にない常識を考えさせられることもない。しかし、だからと言って、そんな状況に陥っても人生を呪うことをいうわけでもないし、自分の中にない常識に悩んでいるからと言って誰かの手助けをしなくなるわけでもない。そう――たとえ、額に銃口を押し付けられても、やってはいけない事はやっては駄目だと言う事ができるし、やってしまったら災いが起こると知っていることを見過ごすことなんて出来ない。それが、ルチルという少女なのだ。
だからルチルは歯を食いしばってカルネに対抗する。引き金を引かれればその瞬間に命を落とすことを分かっていて、それでもルチルは、自分の中の当たり前を貫き通す。
『やったらダメですよ、カルネさん。カルネさんはきっと良い人なんです。あたしには理由なんてわかりませんけど、直接伝えられなくてもマルコ君やアニールに「すまない」って言える人なんです。今カルネさんがやろうとしていることは、きっとよくないことを引き起こします。悪いことはどんなに小さなことだって、起きたらダメなんです。だから――』
お互いの想いと覚悟が激しくぶつかる。
その視線で、その言葉で、その姿で。
それが例え人と牛だからと言って全く伝わらないことはない。ルチルの想いは正確な言葉として伝わらなくても、心を持つ一つの生き物同士として必ず、カルネの胸に届いているはずなのだ。
――なのに。
次回 「 山の思惑 」




