六話 『 伝えたい、ルチル 』
開けた場所に出たのと同時に――強烈な揺れが足元を揺るがした。
目に飛び込んできたのは、大きな木の枝から池の中央へ向かって伸びる三本のロープだった。
それはすべてが一方向から繋がっているのではなく、複数の方向へ大きな力を加えられるように計算されたものだったが、ルチルの目からは三方向に適当な間隔をあけて繋がっているようにしか見えないもので、しかし、そのうちの一本がまだ装置として使われていないことは、一目で理解できた。
(仕組みなんて分からないけど、あっちの、大きな石がロープに繋がれたまま木にぶら下がっているってことは、きっとまだ間に合うってことだよね!)
ルチルは焦る気持ちを押さえて、嫌な予感を引き起こす地鳴りの中でカルネを探す。
カルネがいたのは、今さっき起きた強烈な揺れの原因だろうロープの仕掛けが繋がった、大木の陰。そこからカルネは鉈の様な物騒な刃物と、猟銃を肩にして出てくるところだった。
(いた、カルネさんだ! 今ならまだ間に合う。もうやめてもらわなくちゃ!)
ルチルは走った。カルネを止めるために。ゆらり、ゆらり、と次の仕掛けへ歩く彼女が祟りを引き起こさないように、ルチルは進路をふさぐ形で立ちはだかる。カルネに今の自分の言葉は伝わらないけど、それでも気持ちは絶対に伝わると信じて。
『カルネさん! 駄目だよ、こんなことやっ…………ッ』
その瞬間、眼に――射竦められた。
全身の毛穴が大きく開き、頭からしっぽの先まで、全身の毛が逆立った。
恐怖、という言葉一つで片付くものじゃない感情が、ルチルの全身を締め上げる。
決意や覚悟が宿った人の視線には、言葉に表さずともその人間の行動を周囲に知らしめる時があるが、カルネの瞳にはそれ以上の何か……あるいは殺意の様ものが込められていた。
「……、何だい。お前が一番乗りかぃ」
さらに言えば、ルチルが立ち塞がっても、カルネは足を止めることはなかった。
手に持った鉈の腹をルチルの首にヒタリと当てて、「どきな」と言わんばかりに鉈の腹でルチルを押しどかすカルネは、歩みを止めずに独り言ちる。
「ああ、お前がここに居るってことは、お前の飼い主や村長の嬢ちゃんもここに向かってるってことだよなあ。それに、せっかく置いて来てやったあの二人も、ここに向かってきてるんだろう? 本当に、お節介な連中だねぇ」
カルネは笑うでもなく口角を持ち上げた。何の感情も乗っかっていない言葉が、ただ発話機能を持った器官から垂れ流されるようだった。
ルチルは、今のカルネの様な人間を相手にしたことがなく、気圧されるばかり。どんな言葉をかけていいのかさえ分からない。
(落ち着いてください? やめましょう? 今カルネさんがやっていることは、祟りを引き起こすことだから考え直してください? ああ、どれもしっくりこない!)
頭を抱えてしゃがみ込み、「どうしたらいいのーっ」と泣き言を零す。右手には山の木々が、左手には澄んだ池の水が鏡のようにそこにあり、池に映る自分はオーバーオールを着た獣娘の姿だった。
『――って、忘れてた! どんな言葉をかけたって伝わらないよ、これじゃあっ』
ンモモ、モフー!? とカルネには伝わっている叫びをあげて、ルチルはごろごろと転がった。突然の奇行にわずかカルネが振り返ったが、この程度で行動を変えることはできない。
地べたを転がったせいで汚くなったルチルはその奇行をやめて、カルネの背中を見る。
(ああ、もう! どうしたらいいかなんてわからない。分からないけど、やめさせなきゃだめなんだ。ミルク姉さんから聞いた竜神様の祟りがどんなものかあたしには分からないし、案外大したことないのかも知れない。でも、人間を牛に変えるくらいの不思議がこの世界にはあるんだ! だったら止めなくちゃ。カルネさんを、とめなくちゃ!)
ルチルは立ち上がると、再び走ってカルネの前に回り込んだ。いけないと言われることはやってはいけないと伝えるために。一目で射竦められる迫力が籠った眼差しの前に己を晒しても――。
『これ以上は駄目です、カルネさん! やめてください!』
次回 「 震える声、揺るがない意志 」




