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旅する少女と祠の呪い  作者: kokohuku
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五話 『 覚悟――後編 』

 本当は――世の理不尽を嘆き、神の試練を嘲笑い、すべてを投げ出して大の字に寝転がりたい欲求が頭をもたげる自分の心が、煩わしくて仕方なかった。大体こういう時に限って、一つの事が脳裏を駆け抜けていくのだ。

『――故郷なんて救わずに、妹の分だけ持ち帰れればいいんじゃないか?』

 でもそれをすれば妹は確実に命を捨てる。「お姉ちゃん、わたしより使わなくちゃいけないひとがいるよ」と、たった数か月しかない命を懸命に笑わせて、頑なに薬を飲むことを拒否するはずだ。いっそ、食事すら取らずに、体の弱った自分から死のうとする可能性だってある。

「あの子は、そういう子なんだ。馬鹿が付く善人。お人よしなんて言葉で片付かない……くそっ、善人がこんなにも馬鹿だなんて! 馬鹿がこんなにも、愛おしいだなんて……ああ、まったく、ままならないねぇ!」

 だから、カルネは故郷を救おうとしている。自分の一番大切な命を救うために、故郷一つをまとめて掬い上げる傲慢たる力技を成功させようとしている。

 カルネは池の底から浚ってきた泥と金を分け終わると、今まで集めた金をじっと見つめた。

 このまま砂金を集めていても故郷を救うには至らない。二百余名いた故郷の人間はもう百人を割っていて、カルネが帰るときにはさらに少なくなっているだろうが、それでもお金が足りないことは明らかだ。

 なら、どうすればいいか。

 どうすれば金を大量に手に入れることができるのか――。

(やっぱりあれをやるしか……)

 カルネは地図と一緒に持ってきたノートを手に取った。そこには今まで集めた情報が汚い文字で書き連ねてある。結論として、柱の破壊によって何かが起こることが記されていた。

(今まで集めた文献や伝承の資料だけじゃあ分からなかったことが、村長の家で盗み聞きした話の内容と合わせて考えてやっとわかったんだ。――二ペソの財貨と、それに伴う掟が)

 二ペソの財貨とは、もちろんこの池に蓄えられた砂金の事だ。長い時間の流れによって池の中央に立つ柱の足元から染み出るように溜まっていくそれは、そのさらに下に金塊が眠っていることを表している。

 しかしそうなると、考えられることがもう一つ出てくる。

 池の中央に立つ柱の足元からは、金が湧いて出るだけの水の流れがあるということ。

 そしてそれは、そこに水脈と繋がった道が存在しているという事になる。

 であれば、考えられるストーリーラインは一つに収束していくものだ。

 カルネは汚い文字が躍るノートをパタンと閉じて、目をきつくつむった。奥歯に痛みが走るほど、固く食いしばった。

(――水脈と、砂金の噴出。村長の家で聞いた猛き龍の咆哮を伴うだろう柱の破壊と、水底へ沈む二ペソという言葉。考えられるのは、池の中央に立つあの柱が要石の役割を果たしているってとこだ。抑えられた強烈な水の流れ……柱を壊しちまったらきっと水脈から、爆発じみた間欠泉のように、大量の水が吹き出るはずさね)

 それは、恐ろしい結果に繋がると簡単に理解できることだった。

 それはそうだろう。

 上流で大量の水が吹き出れば、下流にある二ペソ村を飲み込む鉄砲水になる可能性もゼロではないのだ――いや、そもそも二ペソが沈むなどと言い伝えられてきたこと、可能性はゼロではない、などという言葉は、現実をみない愚か者の妄想でしかない。

 カルネはきつく閉じた瞼をゆっくりと開けて、感情のない視線を持ってきた荷物に向ける。

 そこにあるのは複数本の太く長いロープ。

 そして周囲に視線を泳がせれば、枝ぶりのいい大木と大きな石。

 頭の中には滑車を利用したてこの原理で得られる力が、幾つの方向から、どのように池の石柱に伝わればそれを抜くないし破壊できるのかという計算式が組みあがる。

 今まで、お金を稼ぐために培った知識を総動員して考えるカルネの目の中に、非情が浮かぶ。

「そうさ、アタイはそう言う人間さね。妹を救うために、恩ある村を潰せる極悪人さ……!」


 そして、それから幾ばくの時間もたたず、恐ろしい予感を引き起こす激しい揺れが二ペソの山を真下から襲った。

 マルコたちを置いて走り出したルチルがその池に着いたのは、ちょうど二度目の揺れが山を揺るがした時だった。


次回 「 伝えたい、ルチル 」

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