三話 『 走り出す 』
マメとキノコの二人は、真っ直ぐな気持ちを見せてくれたマルコとアニールの後ろを歩きながら、小声で話す。
「(なあ、マメよ。この人らはずいぶんとキレイなんだなぁ……)」
「(それってぇのはよ、大きな街じゃ決して良いことだけを呼び込むことはあるめぇが、けれどもきっと、どんな場所だって人に一番必要なものなんだと、改めて思うねぇ俺ぁよ)」
マメとキノコは、前を行く二人に感謝の念を強くする。一緒にいるだけで忘れていた何かがポコポコと顔を出して、なんだか自分が学ばされる気分だった。
「(最初からそんな気はさらさらないけどもよぉ、もしこの道の先に姉御がいなかったとしても、二人には『ありがとう』と言ってやろうなぁ、マメよぉ)」
「(ああ……ああ! キノコ、俺はこんな気分になるなんて、四つの時の誕生日以来さ。両親の笑顔はその日を最後に見ちゃいないが、あれは俺にとって胸の温まる良い日だったよ)」
ぐずっ、と鼻をすすり上げて、マメは足元の大きな石を避けて歩いた。隣を行くキノコはそんなマメの背中をポンとたたく。マメとキノコには、カルネと一緒にいた時間を超える思い出があるから、互いの気持ちを容易に重ねられる。幼い日の記憶が、二人にはあるのだ。
と、そんなときに。前を歩くマルコは反応の鈍いマメやキノコを気にして振り返った。目に入るのは、涙を浮かべてキノコに背中を優しく叩かれているマメの姿。
「って、マメさん! どこか怪我したんですか!?」
「いっ、いいえ! これはその……目にゴミが入りましてね!」
慌てたマメは咄嗟にごまかし、それを後押しするようにキノコも大きくうなずいた。
「そ、そうなんですよ! こいつったらよくゴミが入るんですよ、目に! でも、もう心配ありません。今さっき涙と一緒に出たみたいなんでね! なあ、マメ。そうだろう?」
「あ、ああ、そうです、そうです。キノコの言う通りですよぉ。あっしの目に入るなんてふてぇ野郎だってんでね、流し出してやったところですよ!」
なははははは! とマメとキノコは肩を組んで笑った。そんな二人に「そうですか? 気を付けてくださいね」とマルコは胸をなでおろす。正直なことを言えばきっとこの二人の事だ「そんなことないですよ」とキレイな顔で笑って謙遜するに違いないと二人は考えた。そして、これ以上に気を遣わせたらこっちの心が参ってしまいそうだ、と思うのだった。
そうこうしながら、マルコとアニール、マメとキノコは互いに助け合って川を遡っていく。
人の手の入っていない場所を登っていくだけで体力を奪われ、そのうえに、早く見つけなければならない相手がいれば知らず気もせいて疲れを加速させていた。いくらか場の空気は和やかになったが、それでも探し人であるカルネは数日前に極度の疲労によって倒れ、溺れてもいる。やはり、その場のだれもが表面上で落ち着いた態度を見てはいても、進む足に少なくない力みが表れていた。
そしてそれは――この場で唯一ヒトの姿を取っていないルチルもそうだった。
いいや、この中で一番焦りを感じていたのは、ルチルかもしれない。
ルチルはヤクの姿になったことで足場の悪い坂道という、山に流れる川を遡ることが人であった時よりも容易にできていて、容易だからこそ余計に焦りを感じてしまうのだ。
――もっと早く、急いでみんな! と。
けれど。
いや。
だから、なのか。
カルネを捜索する全員の心の奥に沈んでいた焦りを無理やり引きずり出すような出来事は、突然に起こるのだ。
ッ―――――――――――――ッッッッドンンンンンッッッッッッッッッゥ……ッ。
と、今いる山全体を真下から突き上げるような強烈に過ぎた、ひと揺れ。
揺れは、そのたった一回だけで、後には今まで聞いたこともない地鳴りが、薄く続いていく。
その場にいる全員の表情から、余裕の文字が消え去った。
それが何なのか、山村に住むマルコやアニールにすら分からなかったが、それでも急いだほうがいいという事だけは誰もが理解できた。
人の根源的恐怖を暴くような、人の生きる世界のルールとは何か異なった力がうごめいているような、そんな焦燥が一気に膨らんでいく。
じっとりとした嫌な汗が体中から噴き出して、言葉もなくつい動きを止めていた体に無理やり力を込めていく。
勝手に荒れそうになる呼吸を自分の意識で抑え込みつつ、マルコはアニール、マメ、キノコの眼を順繰りに見つめてから、静かに口を開いた。
「――急ぎましょう。この山に何かが起ころうとしています」
そして、この場で唯一真相を知っているだろうルチルが動いたのも、この時だった。
マルコやアニールの制止の声も聞かず、ただ真っ直ぐに池に向かって――走り出す。
次回 「 覚悟――前編 」




