第四章 一話 『 捜索 』
「ならこれから、マルコたちと一緒に居なくなったカルネって子を探しに行くのね?」
三十分前、確認を含めてそう口にしたのはミイ姉さんだった。
結果から言うと、カルネがいなくなったと知らされたアニール、マルコ、ルチルの三人(二人と一匹)は、キノコとマメの願いを聞く形で捜索の手伝いをする事になった。
マルコは仕事の途中でアニールから伝え聞いたことだったから一度牧場へ戻り、ある程度の仕事の片付けやら捜索の準備やらをして、その間にルチルはミイ姉さんに話をする時間を得ることができたのだ。
「はい、すぐにでも。キノコさんとマメさんの二人は酷く慌てていて、このまま放っておいたら、それこそ何の準備もなく探しに行きそうなくらいでしたから」
「そう、分かったわ。二ペソは比較的に安全な土地だけど、それでも絶対じゃないもの。下草に覆われた急な坂や、鋭いトゲを持つ草や蔓もある。山の子たちも自分から人を襲うことはないでしょうけど、勘違いから敵対する状況だってないことはないものね」
「あたしも、牛さんになっちゃう前まで旅してましたから分かります。山の怖さも、動物さんの怖さも。人と動物の感覚の違いも今なら余計に――だから、早く見つけないと。きっとカルネさんは……」
言葉を詰まらせてうつむくルチル。カルネがどんな状況でいなくなったのか詳細は聞いていないが、診療所の部屋にはいくつもの文献がテーブルに広がっていて、持ってきたはずの二ペソの地図がなくなっているらしい。であれば、カルネの目的を考えれば目的地は一つしかない。池の話だって、キノコとマメから聞いていて当然なのだから。
「それに、カルネさんはもう一つ、危ないものを持っていなくなってます」
「――猟銃、ね」
それは自然動物とヒトとの肉体性能の差を、圧倒的な武力によって補うための道具。他者の命を奪ってでも生き残ろうとする人間の、誇らしくも浅ましい知恵の結晶だ。
ミイ姉さんはハアとため息を吐くようにルチルの話を了解すると、そこから見える山の上に視線を送った。
「じゃあ、私はこれから山ヌシ様にこの事を伝えてくるわ。猟銃を持って山に入った人間がいることもそうだけど、お池のルールが破られる可能性が出てきたってことを早く知らせないと」
「分かりました。あたしも早くカルネさんを見つけられるように頑張ります!」
「ああっと。そうだ、念のためにお池までの道順を教えておくわ」
「えっ、難しいんですよね、それ……覚えられるかな……」
「簡単よ。覚えるにはコツがあるの。人で言うところの、数え歌が――」
それから数分、教えられたことを繰り返し、ルチルとミイ姉さんは互いに頷きあうと、これからの行動に意識を向けて動き出した。
そして現在、マルコとルチルとアニールは、いささか以上に焦りの浮かぶ表情のキノコとマメを連れ歩く形で、崖下の川を遡っていた。始めが川幅の広いところからのスタートでも、そもそも二ペソが山の村であれば三十分も歩くと川幅はぐっと狭くなる。こう配も決して緩やかと表現できるものではなくなり、山の木々だって鬱蒼と視界を覆っていった。
そんな道を進みながら、アニールは尋ねる。
「ねえ、マルコ。まだ先は長いの?」
「そうですね、距離はそんなに離れていないんですが、歩きにくさという点で答えるなら、まだまだ先ですね」
「そう。ならもう一つ……道は、あっているんだよね?」
眼が、少しだけ疑いのものになっていた。ここまで何のためらいもなくあみだの目のように分かれていく川を遡っていればそんな疑問や心配が出て当然で、それはキノコやマメにしても同じのようだった。
しかし、マルコは自信ありげな微笑みを浮かべて、歩みを止めない。
「大丈夫ですよ、アニールさん。何日か前にアニールさんの家で話した時に、言ったじゃないですか。池の場所は知ってますって」
「でも、こんな道だなんて聞いてない。これじゃ迷路じゃない」
「あれ、言ってませんでした?」
「ええ、聞いてませんでした!」
これまでが、道をきちんと知っている人間がいなければ目的の池には絶対に辿り着けないと、直感的に理解できてしまう道なりなのだ。アニールの口がかわいく突き出てしまうのも仕方ない。これでもし何かの拍子にはぐれてしまったら、皆が戻ってきてくれるのを待つか、一人で川を下っていくしか術がないのだから。
そして、そんな道のりであれば、当然のようにこんな疑問が湧くのも仕方のないことだった。
「あ、あの、えっと、そ、村長さん……?」
自分の焦りばかりでない息の上がり方をしている、ずんぐり体型のマメが声を出した。
「こ、こんな分かりにくい道順を通ってじゃないといけないってことは、もしかして姉さん、道に迷ってる可能性もあるってことじゃないっすかねぇ……?」
それは、カルネが見つからないのではと心配するマメの言葉だった。確かに、二ペソの村長であるアニールでさえ池までの正しい道順を知らないのであれば、そう思うだろう。
しかし、そのマメの心配に言葉を返したのは、アニールではなくキノコだった。
「おい、マメよぉ。そんな心配を村長さんにぶつけるんじゃあねえやね。村長さんもマルコさんも、祭りの用意で忙しいって時に、こうして手を貸してくれているんだ。仮に、もしも着いた先の池に姉御がいなくったって、それぁお二方のせいでもなんでもねぇ。んなことくらい、マメにだってわかるだろう」
「で、でもよぉ、キノコよぉ。分かっちゃあいるがよぉ……」
「心配は分かるよ、マメ。でも、今はただお池目指して進む時だぜ?」
そう言ったキノコは隣を進むマメの肩を叩いた。
俺も同じだ、だから進もう――そんな言葉を裏にして。
次回 「 ソダチ 」




