六話 『 ルチル、ミイ姉さんをチュパる 』
(あ、あれー、あたし何かまずいこと言っちゃったのかなぁ……)
そう思いいたったルチルは、干し草のベッドまで移動して一気に干し草を頭からかぶった。毛布から鼻先を出すようにミイ姉さんを覗いて、お手伝いに失敗した子供の様な上目遣いで謝った。
「すみませんごめんなさいあたしが変なこと言ったからですよね許してくださいぃ」
「なあに、急に謝ったりして」
「だって……あたしがカルネさんの事を話したから、不安にさせたのかなって……」
そういうルチルにミイ姉さんは目を丸くした。それから笑う。
「あなたは、もう……。違うわよ。そう、全然違う。まあ、ルチルの話を聞いてから嫌な予感を覚えたって所は確かにあっているけれど――」
「ほらやっぱり!」
「でも、私が感じてるものはもっと大きな、そうね、地震や山火事みたいな大きな災害クラスの予感よ。おそらく、ルチルが昨日今日で話してくれたカルネっていう子の事じゃないから、そんな心配なんてしなくていいのよ……たぶんね」
「ん……本当に?」
「ええ。だから、小さい頃にオネショしたマルコみたいなことやってないで、出てきなさいな」
ポンポンと自分のすぐ近くの干し草を叩いて、こっちにおいでとルチルを呼ぶミイ姉さん。干し草を跳ね飛ばす勢いで飛び出してきたルチルは、そのまま一直線に綺麗でフッカフカのおっぱいに顔をうずめた。そこはとても甘い香りがして、帰ってきてからずっと喋り通しだったルチルには余りにも抗いがたい誘惑を放っていた。
「ねえ、ミルク姉さん……」
「どうしたの?」
「その、おっぱい、飲んでもいいです、か?」
「あら、今日はたくさん飲むのね」
「えっと、喉乾いちゃって……」
ミイ姉さんはルチルの頭を撫で、甘える子供を笑うように微笑む。
「どうぞ、たくさん飲んでちょうだい」
「えへへー、いただきまーす」
返事をするのが早いか、ルチルはおっぱいに吸い付いた。途端に幸せそうな顔を浮かべて夢中になる。自分の乳を飲むルチルを撫で眺めながら、ミイ姉さんは思い出したことを告げた。
「そうだ、ルチル。マルコたちの事で一つ注意しておいてもらいたいのだけど」
声をかけられて、しかしルチルは飲むのをやめない。飲みながら上目遣いで首を傾けた。
「えっとね、ルチルが話してくれたことに、『砂金があるかもしれない池』っていうのがあったじゃない。マルコが先代の村長さんに教えてもらったって言う、あれ。実はその話って、間違いはないのよ。マルコが毎朝見回ってる祠がある崖、そこから見下ろせる川の上流には池があって、池の底には砂金が沈殿しているの」
「んー、んんっぐ、んぐんんぐぐんっ(へーあれって本当だったんだ)」
「……ルチル、飲みながらしゃべらないの。何言ってるかわからないわ」
「んぐっぐんー(ごめんなさい)」
「もう……。いいわ、中断する気がないのは十分に分かったから」
半分呆れた目でルチルを見るミイ姉さん。それでも、夢中で飲んでくれることに嫌な気はしないから、もう半分は笑ってしまう。ルチルの頭を撫でながら話は続く。
「でも、あの話にはいくつかルールがあってね。一つ目は、池への道順。あの川は、二ペソを囲む山々から少しずつ流れる小さな流れが集まって出来たものなんだけど、砂金が取れる池にたどり着くには、川を遡ってあみだの目のように分かれた支流を辿っていくしか方法がないの。道を間違えても死ぬような目には遭わないから平気でしょうけど、道を知らなければたどり着くのがずっと遅くなるから気を付けてね。二つ目は、砂金をとるときの事。池の底までは深くなくて、せいぜい三メートルくらい。池の底にはそれまでの年月に蓄積した砂金が広がっているわ。池の底を隅から隅まで浚えば、きっと大した量になるんじゃないかしら。それこそ、大きな街に豪邸が建つくらいは手に入るはずよ」
都会と呼ばれるところと、村と呼ばれるところ。家を建てて値段が高い方はどちらかと言われれば、都会とルチルにも答えは出る。大きな街に豪邸と聞けば、その額だって半端ではないだろうと想像できるものだ。しかし、ルチルからの反応はとても薄い。
「んー……(へー)」
「あら、生返事ね。大金なのよ?」
「んっん(だって)」
ルチルはミイ姉さんのおっぱいから口を離すのが嫌なのか、もごもごしながら言葉を返した。
「もしそれを手に入れたとして、あたしも、マルコ君も、アニールも、きっと全部カルネさんに渡しちゃいます。それに、あたしはお金より、自分の絶壁をなんとかしたいんです!」
そう言って、再びミイ姉さんのおっぱいにむしゃぶりつくルチル。
ミイ姉さんはそれを見て「ぶれないわね、ルチルは」と笑う。そして話を続けた。
「そしてこれが最後の一つなんだけど、いい? ちゃんと覚えておいてね」
言葉に真剣さを乗せるために少しの間をおいて、
「三つめは、それ以上の欲を出さない事。その池で砂金をとっていれば自然とわかるのだけれど、実はその砂金って、池の底にある小さな石柱の根元から、湧いて出てくるのよ。土地を知ってるものから言わせれば、その下に大量の金が大きな塊で埋まっているらしいのだけど、でも欲を出してその石柱を壊しでもしようものなら……」
ミイ姉さんはもったいぶるような、あるいはちょっとした怪談でも話すようなしゃべり方で、ルチルを覗き込んだ。
「――竜神様の祟りがあるんですって」
それにはルチルのミルクを飲む手も止まった。以前なら祟りなんてと笑えたが、今は自分に呪いがかかっている。すがるような目でミイ姉さんを見上げてしまう。
「祟りって、また姿が変わっちゃうの……?」
「なあに、ルチルは『駄目よ』って言われたことをする悪い子なの?」
「しないけどぉ……」
「なら大丈夫よ。何も起こることはないわ。それにルチルは、それをさせないためについて行くの。誰かが、悪いことを知らずにやってしまわないように、きちんと見ておく。そうすれば祟りなんて怖くないでしょう」
「うん……怖くない」
ミイ姉さんはルチルの頭を優しくなでた。ほおずりするようにルチルはミイ姉さんの胸の中で動き、またおっぱいを飲み始める。
ルチルの意識から見れば、ナイスバディ―の牛的女性の胸に顔を埋めている少女という、どこかに需要でもありそうな絵面だが、ミイ姉さんからすれば自分と同類の子供が自分の乳を安らかに飲んでいるようにしか見えず、けれどだからこそ、一般のホルスタイン種からかけ離れた大きさと寿命を持つ彼女は、いまとても満たされた気分だった。それを母性とでも呼べばいいのか、子供を持ったことのないミイ姉さんに判断はつかなかったが、自然と笑みが浮かぶのを止めることはできなかった。
しかし。
であれば、ミイ姉さんは行動を起こさなければと考える。
目をつむって乳を飲むルチルを愛でながら、夜が更けるのを待つ。
マルコも村もルチルも寝静まる、その時を。
πππ
そして、丸一日が経った翌日の夜、カルネの姿は二ペソ村になかった。
そのことをマルコとルチルが耳にしたのは、夜が明けて、アニールの所へミルクを運んだ時。
聞いたとき、ルチルの心の中にはひんやりとした焦燥が、蜘蛛の巣のように張られていた。
あえて言い換えるなら――ミイ姉さんから聞いた『祟り』が脳裏に蘇ったのだ。
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