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旅する少女と祠の呪い  作者: kokohuku
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四話 『 村長さん 』

 二ペソ村の家々に知らせる響かないベルをガランと鳴らして、右へ左へ。一日で一番忙しい時間をのんびりと、しかしきっちりとこなしていく。そして、小川に架かる橋を渡り、短い坂を上った所にある村長の家にミルクを運ぶマルコ。ここまでくれば終わりが見えて、残りのミルクもブリキ缶一つほど。坂を下って残りの家に売り歩けば、いつも通りコップ三杯くらいの量が残るはずだ。

「たまに完売しちゃうけど……」

 マルコは以前の失敗を思い返して、少し荷車を引く力が抜けた。

『完売させちゃいけないよ』

 それは、亡き両親の言葉だった。

 完売と言うと良いことの様に聞こえるけれど、実はあまり良いことではない。

 売り切ってしまうと、もう『売れなくなる』というのが理由なのだが――。

(小さい頃は意味が分からなかったなあ)

 完売で売り切っているのに何を言っているんだ? と意味がわからないかもしれないが、つまりは、村を回り終わった後ないし村を回り終わる前に売るミルクがなくなっていては、せっかく欲しいと言ってくれる人、あるいはやっぱり欲しいという人に売れなくなってしまう。それは、買ってくれる人の気持ちを裏切るようなものだと、マルコの両親は言っていたのだ。

(たまにあるよね。クルミのパンが食べたい日にパン屋さんに行って、それが売り切れていた時のガッカリ感。パン屋さんなんだからあって当然っていう、ある種の期待が勝手に裏切られたような気持にさせる、あれ)

 それと同じで、ミルク売りにミルク下さいと走ったら売り切れだった、なんてあっちゃいけない。ミルクがないだけで一日の献立がマルッと変わることがあれば、献立が変わったせいでほかの食材を悪くする可能性もゼロじゃない。食事は生活の基盤。朝を彩る一杯のミルクがあるかないかで、一日のモチベーションだって変わるものだ。

 そんなことを考えながら、マルコはガランとベルを鳴らして短い坂を上る。村長の家の前につく頃には、村長その人であるアニール・クッキーが、玄関前に立つ灯篭の様な小さな石塔の横に立っていた。一本の三つ編みに結わえられた長い黒髪。シャツとショートパンツに動物の刺繍が入ったエプロン姿で鍋を持つ、マルコとそう変わらないまだ年若い丸眼鏡の女性だ。

「おはよう、マルコ。日差しが暖かい、良い日ね」

「おはようございます、アニールさん。となり山の雲の(かか)りも少なくて、暖かい日になりそうです」

「そうだね。最近はマルフサの棚も新芽を伸ばしているから。お日様に頑張ってもらって、元気を分けてもらわないと」

 葡萄によく似たマルフサという果樹のことを話しながら、アニールは空を見上げる。瑞々しさがよく表れた頬が朝日に照らされ、何とも気持ちのいい表情だ。これで村一つの村長なのだから驚きだろう。しかし村長と聞けば、ある程度の歳を取った老人を思い浮かべるのが普通で、ここ二ペソ村でも最近まで一般的な想像の範疇から外れないお爺さんが村長をしていた。けれど去年の暮に起きた落石事故に巻き込まれて、マルコの両親やほかの村人たちと一緒に亡くなってしまっているのだ。そして、お爺さんから年若い女性、という年齢の隔たりを考えてもらえば分かる通り、村長の跡を継ぐはずだったアニールの両親も、その時に。

 本来、いくら血縁だからと言って、村という一つの大きなコミュニティーを回していくのだから、経験も知識も豊富な他の大人が入れ替わりで村長を引き継ぎそうなもので、それはどう考えたって村の運営方法としては正しいはずだ。

 しかし、現在二ペソ村の村長は年若い娘のアニールだ。それは、アニールがその座を誰にも譲らなかったのでも、周りが責任の押し付けをしたのでもなく、順当な流れとしての結果がそうさせたのだ。結局のところ、村長としての地位といった物によだれを垂らす人間がこの村には一人もおらず、村長だろうが村民だろうが、困ったときには互いが報告しあい、互いに支え合えるコミュニティーとして機能しているのが、二ペソ村という場所なのだ。それも村民がそうしようと努力しているのではなく、ごく自然にそれが出来てしまえる村という形で。

 マルコとアニールは雑談を交わしながら、その中でミルクのやり取りをする。渡された鍋を受け取り、最後のブリキ缶をゴトリと荷車から降ろしてミルクを移す。

 と、そのとき。

 働くマルコの横顔をじっと見つめていたアニールは、思い出したように声を上げたのだった。


次回 「 お誘いとミイ姉さん 」

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