五話 『 むにょみにゅっ、で、ずりょんぶにょん 』
その日の夜、ルチルは自分の知る限りのことをグラマラスボディーなミイ姉さんにぶちまけていた。
それはもう、一から十まで、洗いざらい、ピンからキリまで。
「聞いてくださいよー」から始まって「それでですね!」をもう何度繰り返したことか分からない。それも一度話した内容を繰り返すのだから、ミイ姉さんにしてみれば少しうんざりし始めたって、たしなめる者はきっといないはずだ。
「あのねぇ、ルチル……帰ってきてから、もうずいぶん経つわよ。あなたがモヤモヤしてるのは十分わかったから、そろそろ落ち着いたらどうかしら?」
「何を言ってるんですか!? あたしのモヤモヤはこのくらいで晴れるような生ぬるいものじゃないんですよっ。って言うか、これはすでにモヤモヤなんて柔らかそうなものじゃあ例えられません。なんて言うか、こう……」
ルチルは妙な体の動かし方を披露しつつ、
「むにょみにゅっ、で、ずりょんぶにょんって感じなんです!」
「むりょぶ……ずにょ、み……?」
「むにょみにゅっ、で、ずりょんぶにょん、です!」
言いながら動かす体はもう四足の獣を通り越し、いやさ二足歩行の人間すら超越したものになっていた。
ミイ姉さんはルチルを気圧された様に見つめ、それから半秒後に正気を取り戻した。いまだに奇妙な踊りを披露しているルチルを落ち着かせる。
「分かった。分かったから、その変な踊りはやめなさい。見てると目が回ってくるわ」
「ご、ごめんなさい……」
「はあ……それで、結局ルチルは、そのカルネっていう女性の事が気になるのね」
「はい……」
ルチルは静かに頷いてから、一呼吸置いて、改めて口を開いた。
「本当に急だったんですよ。それまでマルコ君とアニールに対してとんがった感じで話してたのに、二人が離れた途端にあたしを抱きしめて、お礼を言ったりして。二人に謝っておいてくれとか、駄目なんだとか」
「駄目? 何が駄目なの」
「分からないんです。『でも駄目だ、駄目なんだよ』って、なんだか悲壮感って言うか、切羽詰まってるって言うか……」
「腹をくくったような?」
「そう、ですね。そんな、覚悟を決めた人の言葉だったようにも思えます」
「そう……覚悟を、ねぇ」
それは直感の様なものだった。
ミイ姉さんはカルネの事を話でしか知らないし、見たこともないから風貌だって分からない。風貌を知らなければその人間が善悪どちらに偏っているのかだってわからない。見た目で人を判断することがよろしくないことくらい分かっているが、人間という生き物はその表情に色々なものを含ませていることをミイ姉さんは知ってるのだ。例えば、一目見て『こいつ胡散臭いな』と感じることがあるように、人の表情には当人が隠そうとも隠し切れない何かを信号として発している場合がある。が、この時のミイ姉さんの場合は、やはり直感と言って間違いないものだった。
――危機感。
それを、ミイ姉さんは地震が来る前の鳥たちのように、ひしひしと感じていたのだ。
(これは、何かが起こる予兆なのかしら。それも、決まって悪いことが起こる前に感じるこのピリピリした感触。これ、去年の暮に感じたものにとってもよく似てるのよねぇ……あの、落石事故が起こる前に感じたものと)
首筋から背中を通ってしっぽの先まで、柔い静電気が常にそこを覆っている気分になるミイ姉さんは、ルチルの事を見るでもなく眺めながら思考を回していく。
(一度、山ヌシ様に報告へ行った方がいいかしら。余計な不安を与えて事態がさらに悪くなる、なんて場合もあるけれど……でも、今回のこれは――)
「ミルク姉さん……どうか、しましたか」
急に黙り込んでこちらをじっと見つめてくるミイ姉さんに、ルチルは堪らず声をかけた。ミイ姉さんは内側に入り込んだ意識を外へとむける。
「ちょっと、ね。気になることがあって」
「気になること?」
「そう。似てるのよ。去年の暮れに起きた落石事故の前に。ああ、とは言っても、あの時と今回で状況は全くの別物よ。あの時はカルネと愉快な仲間達はいなかったもの」
「愉快な――確かにそうかも。でも、だったら似てるって何が似てるんですか?」
「んー、そうね、空気感とでも言えばいいのかしら。新しい年が目前に迫ったあの時と、年に一度のきらら祭りが催される日が近い今回と。でも、それだけじゃないのよ。これは単純に直感だから何の裏付けもないのだけど、ルチルの話を聞いて――ああ、近く悪いことが起きるのね……そう思えて仕方ないのよ」
気を紛らわせるためか、場を暗くしないためか、ミイ姉さんは肩をすくめて見せた。しかしそういったものは得てして失敗に終わるもので、ルチルは気まずくなっていた。自分の言葉でミイ姉さんに不安を与えたのかも、と考えれば気にもなってしまう。
何より。自分自身が紛れもないオカルトに見舞われているこの状況で、伝説の牝牛であるミイ姉さんが「近々悪いことが起こりそう」なんて言い出せば、真実味だって他とは比べ物にならないくらい含まれちゃうのは、もう仕方のないことなのである!
だから、ルチルは汗を噴き出したのだった。
次回 「 ルチル、ミイ姉さんをチュパる 」




