三話 『 お見舞い――後編 』
突然のカルネの荒れように、マルコたちは少し悲しそうに、そして困ったように互いを見ると、それでも一つうなずいて声を掛けた。
「僕は、カルネさんがどんな思いでここまで旅をしてきたのか知りません。きっと、それは想像することだってできることじゃないんだと思います。でも、だからこそ」
「……、しつこいね。坊やは」
「なんて思われても、僕はカルネさんを手助けしたい。僕が出来る事なら、やりたいんです」
「そうかい……」
カルネは本から顔を上げなかった。一言つぶやいて、口をつぐんだ。
それでもマルコは続ける。
「三日後にきらら祭りっていう、二ペソ村で一年に一回開かれるお祭りが催されます。本当なら今すぐカルネさんの力になりたいけど、お祭りの用意も一日の仕事もあってすぐには手を付けられない。でも、お祭りが終わったら、カルネさんの村を助けることができるかもしれないんです!」
「……、…………」
「聞いていますよね。マメさんとキノコさんから。砂金の事。本当は……言おうかどうか迷いました。おとぎ話みたいなことで、もし期待だけさせて『やっぱり駄目でした』なんてことになれば……でも、マメさんやキノコさんから聞いた貴女は、自分の体を治しているときでも何か行動していないと落ち着かない方じゃないか、って思ったんです。だから、カルネさんが療養中に少しでもお手伝いになれれば良いなって。そうすれば、自分の体を治すことに気後れすることもないんじゃないかって、そう思ったんです」
マルコは捲し立てるではなく、落ち着いて自分の気持ちを告げた。告げて、しかしカルネは手に持つ書物から視線を動かすことはなく、言葉を返すこともなかった。
温かい日差しが降り注ぐ日の高い昼時。木陰で凭れるカルネと、ちょっと寂しそうなマルコたちに、柔らかい風が吹く。ほんのわずか、言葉を継ごうとしたマルコに、その服の裾を引っ張ることで止めに入るアニールは、小さく首を横に振って見せた。村にある生活の音や人々の暮らしの声がしばらく続き、そして――。
「じゃ、じゃあ、私たちは行きますね。お大事にしてください……マルコ」
アニールはマルコに小さく声をかけると踵を返した。マルコも「早く良くなるといいですね」と一言挨拶を残して、それに続く。最後に残されたルチルも、先に行ったマルコたちとカルネを交互に見るような逡巡を見せてから、後を追いかけようと後ろを向いた――そのとき。
「待ちな」
小さな声。それはマルコやアニールには聞こえないよう意識した、ルチルを引き留めるものだった。ルチルが声に振り返るとカルネはすぐそこに立っていて、次の瞬間にはぎゅっと抱きしめられた。
「ありがとうよ、助けてくれて。本当に、ありがとう」
あまりに突然の変わりように、驚きと戸惑いを等分に混ぜ込んだ気持ちになるルチル。
その気持ちに気が付かないカルネは、目の前にいる白い子牛の頭や頬を撫でて優しく微笑んで見せた。
「はっきりとは覚えちゃいないんだけどね、溺れたとき、薄れる意識の中にお前の白い毛と、オーバーオールの肩紐が見えた気がしてね。お前なんだろう? アタイを助けてくれたのは」
『え、ええ!? 急に、どうしたのかな! かなぁ!?』
実際はわたわたと慌てていても、現実には白い子牛が「もふう」と鳴くだけ。中身が人間でも、見た目は子牛なのだから言葉だって通じない。
いいや、だからなのだろう。
カルネの言葉が続く。
「って、子牛に言ったって意味がないことは分かってるんだ。それに、あの二人が本気で心配してくれているのも伝わってる。でも駄目だ、駄目なんだよ……だから、二人にはお前から謝っておいとくれね。薄情ですまない、ってさ」
カルネはじっとルチルの目を見つめ、次の瞬間には下らなそうに笑って立ち上がると、木陰に戻っていった。途中で「子牛に言って、どうなるってんだい。……本当に、どうかしてるねぇ」と呟きを漏らしながら。
意味の分からない言葉と、理由の分からない行動に、ルチルは少し動けなかった。ようやく動けたのは、ずいぶん離れた位置から「おいでー」とマルコに呼ばれてから。それでも幾度か足を動かしては振り返りカルネを見るルチルは、なんとも言い表しにくい気持ちを膨らませていたのだった。
次回 「 アニールさん、ぷりぷりする 」




