二話 『 お見舞い――前編 』
「あんたらが昨日、アタイを助けてくれた連中かい?」
それは翌日の昼、診療所前に立つ枝葉を存分に伸ばした木の下で起きた会話だった。
膝で広げていた古文書とでも言えそうな古めかしい書物をぱたんと閉じたカルネは、普段着代わりのラフなワンピースに上着を羽織った格好で、自分の前に立つ二人と一匹――真っ白なヤクの子供を連れたマルコとアニールに顔を向けた。
「あの二人なら今はいないよ。それとも礼が欲しくて来たのかい。助けてもらって悪いんだがね、助け賃なんて渡せないよ。医者の先生に支払うだけで精いっぱいでね。分かったら、とっとと――って、アタイの顔はそんなに面白いかい?」
気づけば、クスクス笑うアニールとマルコ。少し慌てたように、けれど笑みは崩さずに言う。
「ああ、ごめんなさい。そうじゃないの。昨日、あなたのお連れの方たちに聞いた通りだなって思ったら、なんだかほっとしてしまって。ねえ、マルコ」
「そうですね。マメさんとキノコさんが教えてくれた通りの人なので、なんだか緊張が取れたって言うか。ああ! 気に障ったなら謝ります」
そう言われ、察しが付くカルネはハンッと息を切るように肩をすくめた。昼の日差しが漏れる木陰に気持ちのいい風が吹く。背中を木の幹に預けて三人(二人と一匹)を見るカルネは、睨むように表情をしかめた。
「あの二人が何を言ったか知らないが、あまり真に受けないでほしいね。あいつらの言うことは、少しばっかり誇張が過ぎるんだ。アタイは見ての通り良い人間じゃないし、口だって悪い。坊やたちが係わっていれば、きっとろくなことにならないんだ。とっとと帰るんだね」
言葉を受けたマルコたちは互いに見合って、改めてカルネを見やる。口を開くのはマルコだ。
「でもあなたは、故郷を助けたいって思ってここまで来たんですよね?」
「それが何だってんだい」
「当人であるカルネさんがいない席で、カルネさんの村の事とか、あの、えっと、カルネさん自身の事とか、聞くのは少し気が引けたんですけど……」
「聞いておいて、今更遠慮なんかするんじゃないよ、まったく」
「そう、ですよね。――それで、あの」
マルコはアニールとルチルへ交互に視線を動かして、動かしたことでアニールからは肘で突かれ、ルチルからは肩をぶつけられて、それからやっと本題を切り出した。
「カルネさんの故郷は今、『五年掛かり』の蔓延に苦しんでいて、それを何とかするためには大量の薬が必要なんですよね。僕の記憶が間違っていなければ、『五年掛かり』は最近まで呪いや祟りの一つだと思われてきたもの。けど治療薬が発見されて、治る病気の一つになった」
「ああ、その通りだよ。アタイの故郷じゃまだ呪いや祟りだってんで、てんやわんやだけどね」
「確かにこれは、まだまだ一般に広まっている情報じゃないです。二ペソだって、商業都市のナナチカに通じる道が通ってなかったら、きっと知らなかったはずですから」
「……ふん、良かったじゃないか。仮にこの村が『五年掛かり』に襲われても、すぐに対処ができるんだから」
まあ、あれは二ペソの様な潤った土地じゃ罹らないものだけどね、とカルネは片膝を上げた。ワンピースの裾が大胆に持ち上がるが、気にした様子もなく組んだ両手をその膝に乗せる。
「それで? アタイの村が『五年掛かり』に侵されているからって、あんた達にどんな関係があるんだい。無駄な応援だったら必要ないよ。――それとも何かい、薬を用意してくれるとでもいうのかい? あんな……人の足元を見た、馬鹿げたほどの高価な薬を! 子供のあんたが! どうやって! 魔法でも使ってくれるって言うのかいっ!」
カルネは荒くなってしまった言葉と、ざわついた気持ちを落ち着ける為に大きく息を吸って、それからもう一度マルコたちに顔を向けた。ついではあるが、向けられた大きな声に少し気圧された様子の三人(二人と一匹)を見て、わずか視線が泳いでしまう。
「アタイはこんな女さね。命の恩人に声を荒げるような、今日もこうやってわざわざ顔を出したあんたらに礼の一つもないような……嫌な奴だろう? 分かったら、もうあっちに行きな。アタイは本を読まなきゃいけないんだからね」
そう言って、カルネは閉じた本をもう一度開いたのだった――。
次回 「 お見舞い――後編 」




