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旅する少女と祠の呪い  作者: kokohuku
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十三話 『 古ダヌキは食べられない 』

 ノックに返事する間もなく扉が開き、仙境に暮らす老師の様な風貌の老人が顔をのぞかせる。

「おや、目は覚めたのか。どうだ、痛いところ、苦しいところはないか」

 カルネは慌てて目をこすり、部屋に入ってきた老人に半身を起こすようにして返した。

「あ、ああ……大丈夫だよ」

「なんだ、もう動けるのか。それは結構」

 老人はカルネに近づくと手を取って脈を測り、目の前に指をぴんと立てるとそれをゆっくり左右に振った。

「ふうむ。異常はなさそうだ。手足に痺れや震えといった違和感は?」

「……ないよ」

「そうか。なら良かった」

 言いながら、老人は点滴の減りをみてつまみの様なものを調節する。

 その様子を見つつカルネは言った。

「それよりも、ここはどこだい? あんたは、お医者様かい?」

「ほっほ。様を付けられるような人間ではないが、お前さんの言う通り、私は二ペソ村で診療所を開いているコルトンという爺だよ。村のみんなからは爺様や先生などと呼ばれておる」

「なら知っているだろう、先生。アタイはどうしてここにいるんだい。確かアタイは川でおぼれたはずさね」

「うむ、記憶もはっきりしてるようだ。――そう、お前さんは川で溺れて、今日の午後にこの村の村長と最近牧場に来た真っ白なヤクの子供に運ばれてきおった。処置が早かったおかげで呼吸は戻っていたがね、意識は戻らず。村長なんて、そりゃもう血相変えてなあ。女の人が溺れてた、先生助けてー、と慌てておった」

「ずんぐりむっくりと、ひょろひょろのっぽの二人組じゃなくてかい」

「ん? ああ、その二人なら後から来たね。どこかから聞きつけたんだろう。顔色が青を通り越して白くなっててな。今にも倒れそうな様子で、お前さんを呼びながら泣いていたよ」

「……ふん、そうかい」

 カルネはコルトンと名乗った医者からこれまでの事を聞いて、知らずシーツを握りしめた。自分の命すら満足に守れず、そのせいでマメやキノコばかりでなく見ず知らずの連中の手まで煩わせてしまった。それは、他人に迷惑をかけて申し訳ない、という感情からくるものではなく自分の不甲斐なさを恥じる気持ちの方が強かったが、カルネは悔しい想いで一杯だった。

(本当にアタイってやつは……っ!)

 それからしばらく沈黙が続き、次に沈黙を破ったのはコルトンの方だ。

「おお、そうだ」

 そう言って部屋のテーブルを見やる。その視線に釣られるようにカルネもテーブルの方に顔を向けた。目に入るのは、テーブルの上の紙袋だ。

「あの袋、あれはお前さんにと、のっぽとずんぐりの二人組が置いていったものだ」

「マメとキノコが……?」

「中はパンのようだよ。聞けば、まともに食事を取っていなかったお前さんに、栄養あるものをと用意したらしい」

「そうか……あの二人が」

 カルネは、あの時に二人がいなかった理由に気づいて、皮肉気に頬を持ち上げた。その表情を目の端で見るコルトンは、知らぬ顔で続ける。

「溺れた原因は本人が一番知っていることだろうから、わざわざ余計な口は出さんよ。けどな、今は点滴でどうにかなっているが、やはり食事は欠かせないものだ。無理にとは言わんが、食欲が出たら食べなさい。スープが欲しかったら言ってくれれば用意しよう」

「お節介焼きだね、先生」

「これでも医者のはしくれだ。余計な世話だと言われても、元気のない者が元気になるのなら手を尽くしたくもなる。それに、ただでやってやるわけでもないのでな。きちんと料金はいただくよ」

「ふん。何だい、医者ってぇのは勝手に助けた相手に金銭を要求する業突く張りかい」

「ほっほ。金でなく恩を返してくれるならそれでも構わんがね。自分の命がどれほどの価値になるのか、それを救った人間にどれほどの恩を返せばいいのか。諸々含めて、救われたお前さんが決めると良い」

「ハンッ。食えない古ダヌキだねぇ」

 医者なんぞそれくらいで丁度いいだろう? とコルトン爺さんはからから笑った。

 実際その通りだとカルネは思うから、乾いたような、あるいはくだらない冗談を聞いたときの様に息を吐きだす。自分の命に値段をつけて、その分を目に見えない恩として返していくなんて、考えようによっては一生続く返済だ。医者に対しての金銭の支払いは、目に見えないものを目に見える形にして、やり取りをその場限りのものにするための手段。『お前の命を救ってやったんだから』とそれ以上の報酬を受け取れないよう、また或いは『医者なんだから救うのは当然だろう』といった傲慢を許さないよう、両者に諍いを起こさせないための措置とも言える。

(……そうは言っても、助けてもらった恩は忘れられやしないけどねぇ)

 カルネは一度大きく息をついて、ゆっくりと瞬きをした。それから自分の手、部屋のテーブル、西に傾いた陽が差し込む窓と順に目を巡らせて、また自分の手に視線が戻る。

 倒れる前に震えていた手は点滴のおかげか、しっかりとそこにあった。ぐっとこぶしを握り、また開く。まだすこし力が入りにくいけれど、溺れたときほどではない。

 カルネは顔を上げてコルトン爺さんを見た。

「ねえ先生、聞きたいんだけどね」

「何だね」

「キノコとマメ……あの二人は今どこにいるんだい」

「ああ、あの二人なら村長のアニールの所だよ」

「村長、の……?」

「うむ。ここは小さい村だからな、それが大事にならなくても人ひとり溺れていたら騒ぎにもなる。まあ、二人は話を聞かれているだけだよ」

「ふうん。そうかい、なら……」

 カルネは掛かっているシーツをまくると足をベッドから降ろした。床を蹴るように軽く足をトントンと動かして、ゆっくりと立ち上がる。コルトン爺さんは見極めるように立ち上がる動作に注意を払い、ふらつきもなく立ち上がったカルネに感心の声を漏らした。

「ほう、さすがに若いだけはある」

「これでも体力に自信はあるのさ」

「聞いたところによれば、つるはしを一日中振り回せるくらいの体力があるらしいから、当然と言えば当然だが――しかしお前さん、倒れたその日にどこに行くつもりだ」

「そんなのは決まっているさね。村長の所へ行って、話してくるよ」

 カルネの言葉に、ややあきれたふうに体から力を抜いて、コルトンは言う。

「医者としては、もう少し休んでほしいがなあ」

「心配しなくても、すぐに戻ってくるさ。――料金だって払わなければ、気分良く朝のおてんとさんを拝めそうにないからね」

 そう言ってカルネは部屋のドアへと歩いていく。コルトンがカルネの背中に声をかけた。

「そこを出て左が玄関だ。出る前に玄関横のコート掛けにかかった服を、上から羽織った方がいい。坂の上の家が村長の家だが、しばらくすれば陽が落ちるからのう」

 部屋を出る直前でカルネは顔半分振り返って「なら遠慮なく」と言って出て行った。

 カルネは思う。

(……本当に、お節介焼きだねぇ)


次回 「 望郷 」

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