十一話 『 回顧の後 』
燃えて揺れる焚火を、懐かしく見つめる年経た先代村長の横顔。表情の内側を的確に読み取れるほどの経験はなく、しかし、何も感じ取れないこともない小さなマルコは、村をまとめる翁の言葉を静かに待った。
『――そのとき、わしは思ったのじゃよ。確かに山には不思議なことがある。山との約束事は決して破っちゃならんのだ、とな』
大きな焚火を前にして、先代村長とその膝で眠そうな目をこするアニール見るともなく見る小さなマルコ。それは、年経た巨木を見るようでとても大きな存在だとマルコに感じさせた。
『ああ、そういえば――』
ミルク酒のコップを傾ける先代村長は最後、ふと思い出した様に、こんな事を口にした。
『――あのとき、そう、大狸を見たその時、あれはこんなことも言っておった』
先代村長は焚火の炎が揺らめく先を見つめ、静かに言う。
『もし必要ならば川の上流、水清みし池の底を浚うと良い。光り輝く金色は、村を救う一助となろう。しかし、欲を出して二柱の一つでも壊そうものなら覚悟しろよ。猛き龍の咆哮によって二ペソは水底に沈むだろう、とな……』
その言葉は、小さなマルコに意味は分からずとも、何かしらの恐怖に似た圧迫感を与えた。
先代村長は不安そうな顔をする小さなマルコに二カリと笑いかける。
『そんな顔をするでない。大丈夫じゃよ、マー坊。欲を出さねば良いのじゃ。それに、わしはあの大狸が言う二柱というものがどんなものかも正確に分かっておらんのじゃ。仮に、崖にある山の様な岩がそれにあたるとして、どうして壊せる。あんな大きなものを。山守りのマー坊の父親も毎日見回って、大岩の無事を確認してくれるんじゃ。何か良くない心を持った何者かが二ペソに来たとして、わしと山守りが無事である限り、この地は無事じゃよ。安心せい!』
ナハハハハ! と大きく笑って先代村長は小さなマルコの頭を撫でた。
その拍子に膝でうつらうつらとしていた小さなアニールが驚いて目を覚まし、きょろきょろとあたりを見回した……とそんな場面でマルコの頭の中の回想がひと段落を見せたのだった。
(思い返してみたものの、きらら祭りの名前の由来に関しては思い出せなかったな。でも――)
マルコは重たい雰囲気の現実に意識を戻したことによる陰鬱さを苦く笑って、アニールの正面でうつうつとしている二人に視線を向けた。
(二人が、ううん、診療所で眠っているカルネさんも含めれば三人がここに来た理由は、なんとなく分かった気がする。アニールさんと二人の一時間にわたる問答に出てきた伝承や文献の言葉や、そこに載っていたっていう金塊や砂金のこと。思い出してみれば、あのきらら祭りの夜に先代村長……アニールさんのおじいさんが聞かせてくれた話に重なる部分が多いし。実際のこととして考えるなら、龍や咆哮が山を飲み込むだなんて信じられることじゃないけど、それが『山を必要以上に荒らさないための方便』って考えると、まあ、一様つじつまは合うんじゃないかな)
マルコは一人で納得したような柔らかい表情を作ってアニールに笑いかけると、それからアニールの確認に言葉を返した。
「ごめんなさい。アニールさんが言った、おじいさんの言葉は思い出せませんでした。けど」
「けど?」
「マメさんとキノコさんの言うことが、おおよそ嘘じゃないことは分かりましたよ」
「え、どういうこと?」
アニールはメガネの奥の目を丸くして驚いた。それはアニールだけではなく、話が漏れ聞こえたのだろうマメとキノコも同じく驚いた表情をしている。したり顔、というにはずいぶん可愛い中性的な顔をニヤリと笑わせるマルコの表情に、意味もなくドキリとするのはアニールだけだろうが。
マルコはテーブルに着く全員、それこそ隣に座る子牛のルチルにも聞かせるように話し始めた。思い出したことを、過去のあの場所にいなかった二人にも分かるよう、適度にかいつまみながら、ゆっくりと。
次回 「 忸怩たる悔恨 」




