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旅する少女と祠の呪い  作者: kokohuku
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九話 『 事情と、その訳 』

 場所が変って――村長であるアニールの自宅。

 そこは、得も言われぬ圧力が場を支配する空間だった。決して詰問というわけではなかったが、問う側の雰囲気と問われる側の後悔とがまじりあって、とても良い空気だといえなくなっていた。テーブルを囲んでいる四人と一匹が作り出す、異様。

 マルコはそんな場所で、脇に座るルチルと一緒に息を飲んで見守っていた。

 村長としての務めを全うしようと努めるアニールを。

 そして、マメとキノコと名乗った、二人の男性を。

 見守って、見守り続けて、もうすでに一時間が経過しようとして、テーブルの上のお茶はもう湯気を上げなくなっていた。

「――なら、あなた達はあの崖下の川で、砂金を集めようとしていた。そういうことでいいんですね?」

 アニールは確認として言葉を繰り返す。反応するのはキノコと名乗った背の高い方だ。

「ええ、そうです。俺たちと姉御は、そのためにここまで来た。伝承を頼って文献をあさり、長い旅の果てに、ようやくたどり着いたのがあの川です」

「そして砂金を探していた理由が、溺れていたひと――カルネさんの故郷を助けるため……」

「ええ……」

 キノコの顔が曇った。いや、もともと曇っていた表情がさらに険しくなったといった方が正確なのか。そしてそれはキノコに限ったことではなく、キノコの隣に座るマメも同様だった。

 ギュッと握った手をもう片方の手で包み、さらに力が込められていく。

「もっと早く、何とかするべきだったんす……キノコ、(あね)さんがああなったのは、俺のせいだよ。もっと強く、それこそ強引に休ませてあげていれば……」

「言うな。誰が悪いか考えれば、マメだけじゃないなんてそこの子牛にもわかることだ。これは、こんなことになったのは、姉御の『故郷を助ける』っていう強い感情を、自分勝手に『思いやる』なんて考えで放っておいた俺たちが、姉御を追い詰めていたことにあるんだから」

「キノコ……」

 沈鬱だった。極度の後悔が二人を縛っていた。だから場の空気は改善されない。

 そんな二人を前にアニールは怒りとも蔑みとも違う、けれどそれらと非常によく似た感情でため息を小さく吐き出した。聞いた限りの情報を頭で整理して、整理することで心の中の嫌なもの、女性が倒れるまであなたたちは何をしていたの!? という苛立ちを追い出していく。

 彼らがここに来た理由。ここでの目的。目的を達成した後、何を成そうとしているのか。

(砂金を集めて、お金にして、薬を買う。それも大量に。そして故郷を襲っている病、『五年掛かり』から村人を救う、か)

『五年掛かり』

 それは大草原といって想像するような広さの平原で極稀にかかる、乾燥地特有の病気だ。発症から五年で必ず命を落とす恐ろしい病気で、近年治療薬が発見されるまでその根本は祟りや呪いだと言われてきたもの。特に、その規模が百から二百人程度の小さな村では、今になってもそれは呪いだと信じられ、何か特別な儀式で神様の機嫌取りでも行われない限り治るものではないと頑なに考えられているものだ。

(カルネさんの故郷のウルク・マリっていうのがどこにあるのか私じゃ分からないけど、この辺一帯は連峰に囲まれた土地で平野なんてないんだから、きっとずっと遠くにあるのは間違いない。そんな遠くからわざわざやってきて、自分の体が疲れているのも忘れるくらい一生懸命に砂金を探すなんて……嘘にしてはあまりに大仰。だけど――)

 アニールはその話を飲み込めない。理解ができないということではなく、納得ができない。

 話の根幹部分。柱の一つである『砂金を見つける』ということが、ぴんと来ていないのだ。

(この辺りで金が取れるなんて、私は知らない。砂金は、金が埋まってる山が近くになければ取れないって、前の村長だったおじいちゃんは言って、た、し……あれ、そういえば)

 アニールは何かを思い出したように、気になったことをこの場の雰囲気に圧倒され気味のマルコに尋ねた。少し小声になるのは、テーブルの向かい側で暗いオーラに包まれている二人を気にした結果か、あるいは尋ねる事柄が不用意にマメとキノコの期待を煽らないように、か。

「ねぇ、マルコ」

「はい、どうしました?」

「そういえば、もう十日もないあとに開くきらら祭りって、もとは金裸(きんら)祭っていう名前だったって覚えてるかな? ほら、昔二人で私のおじいちゃんに聞かされたでしょう」

「えーっと、はい。覚えてますよ。『わしのじいさんの頃にはきらら祭りの名も違ったんじゃよー』って、ミルク酒でよっぱらうと話してくれましたね」

「そう、それ。おじいちゃんがミルク酒を飲むなんて年に一度あるかどうかだったし、そういう時は結構深くお酒飲んでたから本当の事かわからないけど、あの時、こうも言っていたよね――金裸祭は山守りの祭り。一年山を守って、山に守られる事を感謝する祭りだ、って」

 その時マルコの頭には昔の映像が思い出されていた。

 きらら祭りの夜、村の中央にある広場で大きな焚火を囲んで聞いた、昔話。

 それはマルコの牧場、その主に代々受け継がれてきた山守りの役目の、お伽噺だ。


次回 「 焚火の前 」

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