八話 『 静かな熱 』
それは、白いヤクの子供(ルチル・ハーバーグ)の飼い主であるマルコ・ストロース。
「そうですか。この方が溺れていたところを……」
「うん、お昼にお弁当を食べようとしていた時に見つけてね」
診療所のベッドに寝かされたカルネには点滴がつながり、そのわきを囲むように並ぶ人影。
アニール・クッキーは心配そうにカルネの顔を見て、次いでベッドのふちに顔を乗せて座るルチルの頭に手をやった。
「でも、驚いちゃった。この子、溺れているのを見つけたとたん、すごい速さで助けに行ってね。コルトン先生が言ってたよ。助け出すのが早くてよかった、って……」
それはつまり、もしあの時の反応が迅速でなかったら、カルネはこのベッドで寝息を立てていられなかった可能性があるということだ。
「だから褒めてあげてね。この子は、人を助けたんだから」
「はい、それはもう」
マルコは微笑んだ。自分の脇で心配そうにしているルチルの肩を抱くように座ると、目の高さを合わせてベッドのカルネを見る。マルコの素人目から見ても彼女は血色がよくなく、唇はあれて、髪もパサついていた。健康な状態を知ってはいないけれど、どことなく顔もやつれているように見える。
マルコはルチルに尋ねた。
「心配かい?」
もちろん言葉が返ってくるなんて思っていない。それでも返事があることを知っている。
『うん……』
「早く、目覚めるといいね」
『うん……』
「ああ、そんな顔をしないで。君はこの人の命を助けたんだ、もっと胸を張っていいんだよ。大丈夫。コルトン先生は言っていたよ、このまま目を覚まさないことはない。目を覚ましたら栄養満点のご飯を食べさせてあげれば直ぐに元気になるよ、って。それに――」
そう言い置いてマルコはベッドの反対側に目をやった。
そこには、ずんぐりとした体型の男性とひょろりとした体型の男性が、こぶしを握って唇を噛みしめながら立ち尽くしていた。その表情は悲痛や悲愴、ないしは怒りや悔しさをごちゃごちゃと混ぜこみ、さらにそれをグツグツと煮詰めたものを冷まさずに一気に飲み込んだような表情だった。見ているこちらの胸すらも痛めつけるような、とでも言えばわかりやすいかもしれない。
「こんなにも心配してくれる人がいるんだ。彼女は必ず目を覚ます。なのに、目を覚ました時にみんなの顔がこんなに曇っていたら、目を覚ました彼女がしょんぼりしちゃうかもしれないでしょう。――だから、ね。僕たちくらいは元気でいよう。そして元気を分けてあげよう。そうすれば、彼女はもっと早く元気になるから」
うるませた目をマルコに向けるルチル。マルコからは、白い子牛が泣き出しそうな顔でこちらを見ているように映る。背中を撫ぜるようにトントンと叩いて優しく微笑み、そうしてしばらく、マルコは立ち上がるとアニールに向かって言った。
「さて、と。それじゃあ僕たちはこれで牧場に戻りますね、アニールさん。あまり長居してもベッドの彼女は落ち着いて眠れないでしょうし」
「そう、なら私もそうしようかな……でも」
「でも?」
さあ行くよ、とルチルに声をかけていたマルコの動きがわずか鈍った。アニールの顔を見やれば、その視線はベッドの反対側に立つ二人の男性に向いている。
「私は聞かなくちゃいけないんだと思う。この村の村長として、どうしてこんな状況になったのか。どうしてこの子に対して『ありがとう』がないのか。そんな色々なことを、沢山。だから、マルコも付き合ってくれると嬉しい……ううん、付き合ってちょうだい」
アニールはルチルの頭を優しく撫でて、しかし、いつもかける丸メガネの下の視線はいつにもなく鋭いもので。マルコはちょっぴり慄いていた。
「アニール、さん……?」
「どうしよう、マルコ。私ね、すっごく怒ってるみたい」
次回「 事情と、その訳 」




