七話 『 女の決意と診療所 』
それは静かなものだった。
誰もかれも、事実に気づかず。
誰もかれも、笑顔だった。
そこは二ペソよりも、もっと小さな村で、人口は二百人余り。
平野にポツンとあるような村落は、なのに誰からも忘れられるような、しっかりと医術を学んだ医者の一人もいないような――それでも、人々に諍いのない優しい村だった。
それは乾燥した季節の事だった。よく乾燥する土地柄ということもあり、その季節は多かれ少なかれ誰もが咳を患って、大根や蜂蜜、生姜を使った食べ物や飲み物が良く食卓に並んでいることが多かった。
だからみんな、年中行事の様なものだと気にする村人は居なかった。
けれど、ある年の事。
乾燥した季節が過ぎて随分と日にちがたち、それこそ一年がぐるりとめぐってもなお、咳が治まらない年があった。一年を回っているのに『治まらない年』というのも変ではあるが、その年から三年の間で咳をしない村人の割合は二割程度しかいなくなり、そして――。
村人が咳との付き合いもうまくなってきた、ちょうど五年目。
咳が止まらなくなった年の第一患者が、まともに呼吸もできないほどのひどい喘息の末に、命を落とした。随分と年を召した老人で、その次に亡くなった村人は、第一患者の妻だった。
咳が止まらなくなった年に咳を発症した第一患者、そして一番近くに居た第二患者である妻が、五年たったその日に相次いで命を落とした事を皮切りにして、村人は次々と命を落とし始めた。今では二百余名しかいなかった村の人たちは百人を割り込んでいる。
だから『呪い』の二文字が蔓延った。
村人は己の知らない厄災に対して祈祷、まじない、祓いごとを重点的に行った。護摩を焚き、祈りを捧げ、祭りを催し、魚や穀物といった食料を供物として大地に埋めた。
小さな村の、数少ない村民の、思いつく限り、出来る限りをやりつくして、それでも強烈に継続する咳は村人の命を順番に奪っていった。
結果、最後に行き着いた答えが――人身御供だった。
その時に。
壊れ始めた。
村人の笑顔が。
村人の心が。
村自体が。
だから。
「――アタイが『呪い』を終わらせるんだ」
πππ
一時騒ぎになったと言って少しも大げさでない出来事だった。
深くはない、けれどそこで横になったなら体は完全に水の中に入ってしまう川の中で、ルチルは人の髪が水面に揺れるのを見た。見た瞬間、焦燥が血液を沸騰させでもしたかのように全身が熱くなり、自分でそうしようと考える前に駆け出していた。
そして、強引にその人物を水から引き上げると担ぎ上げ、すぐに岸辺へと移動させた。
後から慌てた様子で駆けて来たアニールが溺れていた女性――カルネを診て、水を吐かせても意識が戻らないことで自分たちには手の打ちようがないと意識を切り替えるルチルとアニールの二人(一人と一匹)は、急いで村に戻って町医者であるコルトン爺さんの診療所に運び込んだ。
総人口が五百人程度の小さな村だ。びしょ濡れで意識のない女性を、牧場主のマルコが最近になって飼い始めた白いヤクの子供が担ぎ、慌てた様子でどこかへと運んでいる様子を村人の誰かが目にすれば、長閑という言葉が村の形をとったような場所でこれ程異質なものはない。それも、その隣には村の長であるアニールまでいる始末だ。その噂は風のように村を駆け、その結果として、コルトン爺さんの診療所にその関係者は自然と集まることになったのだった――。
次回 「 静かな熱 」




