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旅する少女と祠の呪い  作者: kokohuku
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五話 『 意地と根気の落とし穴 』

 体中に疲れがたまり、腿や腕は震え、肩や腰は鋭い痛みを発していた。

 それは体からの救難信号だ。もう無理だ、休ませてくれ、壊れてしまう。そういった体からのSOSが痙攣や痛みとなって表れる。

 けれど、その震えや痛みを根性の一言でねじ伏せて、休みなく動かし続けるのがカルネと言う女性だった。いやそれは根性などではなく、「やらなければ」や「見つけなければ」と言った強迫観念に似た焦燥感からの行動だ。

 つるはしを振り下ろし、川底をざるで浚い、目を皿のようにして掬った泥の中を見つめる。

「……ない、わね」

 目的のものが見つからず同じことを幾度も繰り返すうち独り言が出るようになった。抑えきれない感情に押されて言葉が漏れるが、カルネ自身はそのことに意識が向かない。ふと気が付けば先に川から上がった二人の姿が見当たらず、どうしようもなく苛立ちが心を埋めていく。だから余計に独り言は漏れ、言葉も乱暴なものに変わってく。

「ふん、どうせそんなものさ。二人には関係ないことだからねっ!」

 言いながらカルネは体を動かし、

「アタイの故郷だ、アタイが何とかするなんて当り前さね。あんなチビとノッポなんて必要あるもんか!」

 苛立ちも疲れている体を休める理由にはならず、つるはしは振るわれ続ける。

「だいたい、ここにあるはずの物を見つけたとき、あいつらに奪われちまう可能性だってあるんだ。いくら二人とも数年来の長い付き合いがあるからって、それが絶対に裏切らないっていう確証には繋がらない。探しものを見つけたら、あんな奴ら……あんな……奴ら……」

 その時、カルネの動きに微妙な変化が生まれた。つるはしを振り上げた腕に力が入らず、振り下ろすことができなかった。ゆったりと流れる川に自分が映り、それを見るともなく見るカルネの脳裏に、マメとキノコの顔が浮かぶ。一年という単位をいくつも折り重ね、濃い経験を一緒にしてきた。そんな二人が裏切るなんて本心では考えていない。だから止まる。体に心がストップをかける。

(アタイは何を……)

 そう思った瞬間、重心がずれた。溜まった疲れ、振り上げたままのつるはし、安定しない石と泥の川底、そして何より自分自身が考えてしまった事での動揺。あ――と思った時にはどうしようもないほど、体は水面に向かって倒れ込んでいた。

 バッシャーンッ! と大きな水しぶきが上がり、咄嗟に目を瞑って息を止めたカルネは沈む。つるはしの上に倒れなかったのはただの幸運だが、かぶっていた探検家らしさのでた帽子は流され、腰に繋げていた笊がビキミシッと嫌な音を立てたのを耳ではなく体で聞いた。

(――クッ、このアタイが何やってんだろうね、まったく!)

 水中に倒れた割に慌てた様子がないのは、ここが浅い川であると知っているから。幅広の川なのに、水面から底まで深い場所であってもせいぜい膝までだ。万一足を取られて転んだとしても、両手をついて腕を伸ばせば十分顔が水面から出る比較的に安全な場所。そのうえ、水の流れだってゆったりとしているのだから溺れるはずがない、と。

 けれど、そうはならなかった。

(!? 何だい、こりゃ!)

 どんなに頑張っても体が持ち上がらない。両手と膝をついて体を持ち上げようとしても、水面より上に体が持ち上げられないのだ。

(水の中なら体が動くっていうのに! 水の上に上がろうとすると、重たい何かが圧し掛かってくるようだよ!)

 カルネの胸に焦りが生まれた。歯を食いしばり、全力で体を持ち上げようと試みるがことごとく失敗してしまう。川に立って作業していたときには何ともなかった川の流れが、川下へと力強く足を引っ張ってくることがとても怖い。人はバケツ一杯の水などなくとも死んでしまう時がある。水深十センチの水たまりでさえ、人を殺す悪魔が宿るときがあるのだ。それが、ゆっくりでも流れがあり、ある程度の深さのある川なら? 考える必要もないだろう。

(このっ、動け、動くんだよ! アタイのからだぁあ!)

 川底に手足を突っ張り、体を持ち上げる。子供にもできるたったそれだけの事が出来ない。

 腕が、足が、全身の筋肉という筋肉が、痛みと震えを発し、力を入れようにも入れられない。

 ハンガーノック。ここが、極限まで酷使した肉体の限界だった。

 そして、それはカルネの自業自得だ。

 大の男でさえ一日つるはしを振り回していれば疲れはたまる。骨、筋肉、(すじ)、関節。それこそ全身に蓄積していく疲労は、それが日々の仕事である人の体でさえ性能を著しく低下させるものだ。だからそういったものに従事する人たちは日に何度も休憩をいれ、朝昼晩の食事はもちろん、睡眠も必ずしっかりととり、痛めつけた体を回復させることに専念する。

 でも、カルネはそれを怠った。

 マメやキノコが言うように、カルネがここにたどり着くまでには、長い時間を必要としたのだろう。ならば、ここにたどり着いて気が急いたのも察して余りある。誕生日前日に欲しいおもちゃがもらえるかもしれないと興奮して眠れない子供のように、探せばここにあるはずの物を探さずに休憩することができなかった気持ちも理解できよう。しかし、であればこそ。いくら浅い川であっても油断してはいけなかった。

 十秒、二十秒と時間がたち、最初は焦ることのできていた意識も白く濁っていくカルネ。もう体を起こそうとする意志さえ霧がかった闇の中に飲まれ始め、もがく事さえ出来なくなっていく。

(服が重たい、息が苦しい……水の中でなら体が動くってことは、逆に言えば水の外、水に浮くことさえ無ければワタシは体も支えられないくらい弱っていたってこと……皮肉、なんて言えばいいのかねぇ。ちくしょう、こんなことならあの二人の言う通りに、休んでやって、も、良かったのに、ねぇ……)

 最後に大きく息が抜けた。ゆったりした川の流れに気泡が散り、数十センチしかない川の底に沈んでいく。川の中、水の流れる音が耳をふさぎ、黒くぼやけるように視界が濁る。それまで保とうとしていた意識がある一点を過ぎて急速に遠のき、全身から力が抜けていった。

(本当に……何を、やってんだろうねぇ……)

 死ぬ瞬間。それは自覚のない闇を見る様な不思議をカルネに味わわせ――――――、


『だめぇぇええええええええええええええええええええぇぇえぇええぇぇええっ!』


 それは人の耳に言葉として届かない叫びとして轟いた。

 後に続くのは、ドドドドドドド、ザバザバザバザバーッ、という足音。

 その足音も人のものとはどこか違うが、相当に慌てている様子だけは十分に伝わっていく。

 直後、体が強烈な力で上に引っ張られ、空を舞いでもしたかのような浮遊感がカルネを包む。

 何かに担ぎ上げられた――それだけが肉体に伝わり、意思なく開けた視界の中には真っ白い毛とジーンズ生地の肩紐らしきものが映り込んだのだった。


次回 「 二人の女の子 」

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