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旅する少女と祠の呪い  作者: kokohuku
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四話 『 マメとキノコと、カルネの姉御 』

 日の出の数をあと幾度も数える必要もなく、祭りの日はやってくる。

 二ペソの村人は毎日の仕事の合間に祭りの準備として、村を飾るための小物や、女衆が踊るための衣装、男連中が山に捧げる酒と祈りの言葉やらを、作ったり用意したり思い出したり。年に一度の村の感謝祭。否が応でも心をざわつかせ、村に非日常の楽しさを呼び込んでいた、そんな頃。

 マルコが日課として見回っている大岩と小さな祠がある崖の下、幅は広いが深くはない川の中に、彼らは居た。マルコとアニールが一緒に見た、探検家然とした恰好の三人組である。

あねさーん、何も見つからないっすよー。疲れたっすよー。休憩しましょうよー。何なら、持ってきたダイナマイトでドカーンと!」

 背が低くずんぐりとした男――マメが川の中でそんなことを叫び、

「うるさいよ、マメ! 見つからないなら見つかるまで探すんだよっ! ていうか、ダイナマイト使って、探し物まで吹き飛ばしちまったら本末転倒だろう!」

 顔の両サイドにコロネパンの様な縦ロールの髪をぶら下げた女性――カルネが叫び返し、

「けどね、姉御。探し物が探し物なんですから、長丁場は覚悟しないといけないんじゃないですか? マメじゃないですがね、姉御だって休憩は必要ですよ」

 そして、その女性をなだめるようにひょろりとした体躯の男――キノコは言った。

 いつもなら、こういった状況では姉御と呼び慕うカルネに従っているキノコだが、今回ばかりはマメの言葉を優先する。

 それもそのはずで、三人は根を詰めるという言葉が適当だろう長い時間、川に足をつけ、腰をかがめ、つるはしを振るって、川底を掘り返しては土を浚う――を繰り返していた。広い川幅の川底を端から端まで、それこそ草の根を分ける様な細かさでたった数時間の寝るとき以外ずっと、昨日から目的のものを探し続けているのだ。三人のうちだれが音を上げたって無理のない疲労がたまっている。

 マメは屈めていた腰を伸ばすようにぐっと体に力を入れて、

「そうですよ、姉さん。キノコの言う通りっす。休憩は必要っす」

 そして、キノコもその後に続いた。

「姉御の好きなお茶を入れますから、休憩にしましょう」

 しかしそれでも、カルネはつるはしを振るう手を止めることはなかった。

「ふんっ、根性なしだね! アタイは続けるよ。ああ、続けてやるさね! 見てな、あんたたちが休んでいる間にアタイが見つけて自慢してやるからね。あんた達の悔しがる顔が今から目に浮かぶようだよ!」

 川底につるはしを振るえば水は泥と一緒に盛大に跳ね、着ている服は泥と水でぐっしょりと濡れる。けれどカルネはそんな事など気にせず、川底が落ち着く前につるはしを笊に持ち替えて土を浚っていく。眼を皿のようにして笊の中に見入る。

 そんなカルネの様子を眺めるマメとキノコは、互いに見合うと肩をすくめた。

「じゃあ、あっしたちは失礼してちょっとばかり休憩を取らせて頂くっすよー」

「姉御も休みたくなったらいつでも川から上がってくださいね。お茶、入れておきますから」

 カルネは川からバシャバシャと上がっていく二人を見送ることもしなかった。川底を浚う。そのことだけに取りつかれたように、黙々と同じ動作をし続ける。

 川から上がったマメとキノコの二人は設営したテントまで戻り、水を入れたポットを熾した火にかけて、低い椅子に腰を下ろした。川での作業の手を止めた二人の視線はカルネから離れない。しばらくそうしていると、カルネを眺める二人の片方、マメが口を開いた。

「……なあ、キノコよう。姉さん、大丈夫かねぇ」

「まあ、駄目だろうなぁ」

「駄目ってお前、そんなら無理にでも休ませてやった方がいいだろうに。姉さん、夜もあまり眠れていないみたいだし」

「けどよぉ、マメ。今の姉御を止められるかって話よ。古い伝承を頼りに文献をあさって、ようやっとここまでこぎつけた姉御をよぉ」

 マメはぐっと息を詰まらせた。川に見えるカルネの表情が言葉を押し留める。

「けれどもよぅ……」

「マメが言いたい事なんざ十分にわかっちゃいるさ。うちにも、もちろん姉御にも。でも、それでも、体が止まらねぇのさ。本当に……本当にようやっとここまで来たんだ。姉御の気持ちを考えりゃ、いま止まることを自分に許せねぇんじゃないのかねぇ」

 キノコは言いながら熾した火に薪をくべる。火にかけたポットがコトコトと蓋を揺らし、注ぎ口から湯気を上げ始めた所でカモミールティーを用意した。少し熱めに入れるのは、カルネが川から上がった時に体が冷えていたらいけないと思っての事だ。テーブルに置かれるカップから果実の様な甘い香りが立ち上り、その香りの中、マメとキノコはやはりカルネを見続ける。

 と、そんなとき。思い出したように声をあげて立ち上がったのはキノコの方だ。

「――っと、いけねぇ。忘れてたぃ」

「ん、忘れてたって何をだい?」

「パンさ」

「パン?」

「ああ。前の町で手に入れたパンも今晩食っちまったら底をつく。とすれば、明日の朝からの分を用意しておかなけりゃ食えるもんがなくなっちまうんだよ」

「なにぃ、そりゃあ一大事じゃねぇかっ!」

「そうだとも。チーズも干し肉も残り少なくなっているから、そろそろ買いに出なきゃなぁと思っていたんだが、つい忘れていてなぁ」

「おいおい、キノコ。そんな大事なこと忘れてたじゃ済まねぇぞ! もし食えるもんがなくなっちまったら、あっしのこの腹は背中とくっついちまう!」

 そう言ってマメはポコンと出っ張った腹をポンと叩いた。

 それを見たキノコが疲れたように溜息を吐く。

「なに言ってんだ、マメよぉ……」

「なにって、あっしはいま大事なことを!」

「そりゃ大事さ。けど二、三日食わずともお前の腹は背中とくっつくことはあるめぇよ。第一、お前の一食分があれば、うちと姉御は夜まで腹を満たせるんだぞ……それに、うちが心配してるのはなぁ、マメ。お前の腹じゃなく、姉御の事なんだよ」

「そ、そりゃあ……あっしだって姉さんの事は心配さ」

「だろう? なら、うちらは姉御の事をもっと大事にしなきゃならねぇはずだ。違うかい?」

「で、でも、あねさんは強情な人だろう。あっしらが休んでくれと言って、素直に聞き入れちゃくれねぇよぉ」

「んなこたぁ、うちだってわかっていらぁな」

「なら、どうするんだい?」

 キノコは一度カルネに視線を向けて心配と決意を混ぜ込んだ不思議な表情を作ると、マメに向き直り、にやりと口角を釣り上げた。

「だから、パンなのさ」


次回 「 意地と根気の落とし穴 」 

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