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旅する少女と祠の呪い  作者: kokohuku
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十四話 『 ワクワクの約束 』

 しかし――。

「で、どうですか? もしよければ、僕と」

 アニールの心情なんてこれっぽっちも理解していないマルコは、村へと戻る道をいつもより少しのんびりと歩きながら何の気なしに話を続ける。もちろん、アニールの丸眼鏡の台座が流血沙汰になりそうなことにも気づかない。首の後ろをトントンと叩きながら鼻時を出さないように努めている乙女心にも。

 アニールは荒れた呼吸と高鳴る鼓動をどうにか落ち着けて、なんとか話のリズムを崩さない程度の間で口を開くことができた。

「ええ、もちろんよ。喜んで」

「そうですか? 良かった」

 前を行くマルコは足を止めずに振り返ると気持ちのいい表情で笑って、そこでふと思い出す。

「あ、でも」

 顎に手を当てるような恰好で頭上で生い茂る枝葉を見上げ、独り言のようにつぶやいた。

「今度って言っても、結構先になっちゃうんですよねぇ……」

「え、何か用事があるの?」

「もう、なに言ってるんですか。すぐじゃないですか」

「すぐって……あっ」

 ピンク色の台風の猛威が過ぎ去ってようやく平常運転になってきたアニールが思い出したのは、村で年に一度催される祭りの事だった。

「二ペソの感謝祭――きらら祭り!」

 きらら祭りとは、二ペソ村で一年に一度開かれる祭典であり、一年間無事に過ごせたことへの感謝や、これからの一年をまた平穏に暮らせることを周りの自然や村の人々が互いに願いあう行事だ。百年以上の昔には金裸祭(きんらさい)という名前で山の神様に豊穣と豊猟を感謝し祈るものだったが、いつしか感謝の対象が山の神だけではなく個々人の繋がりへと広がり、その頃から呼び名も現在のきらら祭りに変わっていった。

 アニールは村の年中行事という大事を一時でも忘れていたことに恥ずかしさを覚え、さっきとは違う意味で熱くなる頬を両手で押さえた。

「やだ、私ったら。キャンプが楽しみで忘れちゃってたみたい……」

「はは、珍しい事もありますね」

「(むぅ、マルコの所為なんだぞ……?)」

 ぼそぼそと口の中で文句を言いつつも締まりのない顔で二ヘラと笑って、アニールはいつの間にか随分と差の開いた距離をトテテと走りマルコに並んだ。

「でも、うん、マルコの言う通りだね。この先暫くはお祭りの準備に追われるから、キャンプはそのあとだ」

「はい、そうなりますね。きらら祭りを無事に終えてからキャンプの事は考えましょう。せっかくアニールさんが村長になって初めての大舞台ですし、立派で楽しい物にしたいですから」

「うん。ありがとう、マルコ。この立場を受けつくはずだったお父さん達に胸を張れるよう、二ペソ村の村長っていう大きな役目、しっかりこなしていかないと。――どう、いつもより凄いお祭りになったでしょう、って言ってあげたいし」

「ですね。僕も頑張ってアニールさんを応援します。僕の両親とアニールさんの両親は仲が良かったし、きっと一緒に見守っていてくれているはずです。絶対、成功させましょうね」

「うん、絶対なんだから」

 マルコとアニールは言いあって笑った。今から祭りの成功を願って。

 そのあと、今日の予定を話し合ったり、道端に咲いた花をめでたりしながら坂を下りきった二人は、アニールの家の横の道へと戻ってきた。小高い丘の上にあるアニールの家からは小さいながらも活気のある村やその向こうにある牧場、村の両脇を彩る畑の様子が一望でき、見慣れた風景ながらもなんとなしに心の落ち着く想いだった。

「ここから見ると、二ペソ村って広い村なんだなって思います」

「そうね。賑やかな街みたいに大きくはないし、村人だって五百人もいないけど、自然豊かで穏やかで、とっても温かいところ。行商さん達の休憩ポイントとしての顔も少しだけどある場所だから、外界からの接点もあるし、排他的でもない。いいところよね、二ペソ村って」

「はい」

 動き出した村を見下ろしながら、二人は朝の空気を大きく吸い込む。

「なんて言っても、村長が良いですから」

「なにいってるの、まだまだ未熟者よ」

「なら僕は、何ができるかわからないけれど、アニールさんのお手伝いしますよ」

「ふふ、頼もしいんだ」

「なんてたって、牧場主ですからね!」

 ムンッ、とちょっと胸を張るような恰好を見せてから、けれどすぐにエヘヘと恥ずかしそうに笑う。その瞬間、アニールが自分の鼻を押さえて横を向いた理由にマルコは気づかなかった。

「えっと、じゃあ――僕は牧場に戻りますね。朝食、とっても美味しかったです。今度は僕がと言いたいですが、料理を振舞える様な腕ではないので今度のキャンプまでに何か一つくらい覚えておきます。けど、他にも何か欲しいなって思うものがあったら、その……」

「大丈夫です。私はわがままじゃないもの」

「それを聞いて安心しました」

「ああでも。マルコが何か欲しいなって思うものがあるなら、頑張っちゃうからね」

 腕によりを掛けちゃうんだから! トンと自分の胸を叩いて、今度はアニールが胸を張った。ムフーと自慢げにしている彼女に笑みがこぼれる。

「はは、それは今から楽しみです」

 マルコはそう言い置いて「では、また明日の朝に」と会釈すると、アニールの「うん、また明日ね」の言葉を聞いてからその場を後にした。

 遠ざかる背中に寂しさないし勿体無さのような不思議な感覚を覚えるアニールは、それでも今日の約束の事を思い出して口元を緩ませる。それから今日の畑仕事に向かう用意をするために家へと戻った。その歩調が弾むのを自覚しながら。

「よーし、今日はいつもより頑張れる気がするぞー」


次回 「 ルチルのオーバーオール 」

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