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旅する少女と祠の呪い  作者: kokohuku
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十三話 『 恋する少女の桃色模様 』

 不思議な雰囲気の三人組を眺めるマルコ・ストロースとアニール・クッキー。商業都市に続く道が近く、いろいろな人が現れるからと言ったって、道を外れた崖下の川でキャンプの様な事をしていれば気になってしまう。

 しかし、とは言っても――。

「まあ、私たちが考えたって仕方ないんだけどね」

 アニールは小さな掛け声と一緒に体を起こして立ちあがった。パタパタと服や体に着いた土汚れを叩き落としてマルコに手を差し出す。

「そろそろ戻ろう、マルコ。他人様の事をこっそり覗いているのは良いことじゃないし、それに、お日様が高くなる前にマルフサ畑の手入れもしに行かないと」

 振り返ってアニールを見上げるマルコは、もう一度崖下の三人を見てから「そうですね」と差し出された手を取って立ち上がった。そして自分も体に着いた汚れを叩いて不格好に笑う。他人をこっそり覗き見ておいて奇妙な人たちだなんて僕は失礼だなあ、と。

「じゃあ、行きましょうか」

 そう言って、来た道をアニールと一緒に戻っていくマルコ。まだ少し三人組の事が気になるけれど、二ペソ村ともほど近いこの場所でキャンプするなら、そう時間もたたずに直接顔を合わせることもあるだろうと思い直す。

(この辺りで人里って言えばニペソだけだし、それ以外になると歩いて二日くらい。馬があるなら別だけど、そんな風にも見えないしね)

 上ってきた緑萌える山道を今は下りながらぼんやり考えて、ふと、なぜか隣よりわずか後ろを歩きながら、さっき自分に差し出してくれた方の手をじっと見つめてにやにやしているアニールに視線を向けた。

「ねえ、アニールさん」

「ぴゃいっ!?」

「ぴゃい?」

 奇声と一緒に手を背中に隠すのはなぜだろう? マルコの頭にハテナが飛ぶ。

「どうかしましたか?」

「な、何でもないの! 何でもないのよ、マルコ。気にしないで!」

 わたわたと挙動不審のアニールに首をかしげ、けれど気にするなと言われれば気になっても表に出さないマルコは前に向き直って言葉を続ける。

「えっと、今度良かったら、僕とキャンプでもしませんか」

「!!!!!??!!?」

 それは、青天の霹靂を確かに見た、と後にアニールの口を開かせるものだった。

「もちろん、アニールさんの畑の仕事や僕のミルク売りに影響が出ない、本当に近場で一晩だけですけど」

「ひ、一晩……お外で?」

「はい。一晩、外で」

 二度目の雷鳴はここで響いた。『一晩、外で』。このフレーズがアニールの中でリフレインしたことは疑いようがない。

「たまにはのんびり星空を眺めながら、ご飯を食べたり、ミイ姉さんのミルクを飲んだり。誰かと一緒にノンビリを楽しむとか、いいなぁ……って」 

 まあ、やろうと思えば牧場の中で全部できちゃうから意味があるのかわかりませんけど――と言葉を繋げて素直な顔でマルコは笑った。何一つ裏なく、純粋に、息抜きを一緒にどうですか、という心が表れた言葉だった。なにしろマルコの言う通り、やろうと思えば一人で全部できてしまう。誰かと一緒というのが重要なのだ。

 けれど、しかし。

 彼女、アニール・クッキーにとって、その言葉はただの息抜きの誘いには聞こえていなかった。どう聞いたって、何度聞いたって、恋する少女にその言葉はデートに誘われたようにしか聞こえない。

 それも、究極的なお誘いとして。

(え、え、えええええっ! 初めてのデートで、初めてのお泊りで、しかもお外で(切実)! あわわわ、どうしよう、どうしよう、どうしよう! 私、どうすればいいのっ!)

 だからアニールの頭の中はぱちぱちしていた。体のあちこちがビクンビクンと痙攣を起こしそうだった。心の中なんてピンク色の台風が猛威を振るっていた。十代半ばのマルコよりいくらか上の年齢であるアニールは世間から見ればしっかりした女性の一人ではあるが、それでも齢にして二十に満たない生娘だ。頭の中にしかない妙なパッションが中性的なかわいい顔立ちの男の子に向かって妄想を肥大化させたって何の不思議もない。

(だって、ほら、その時になったらやっぱり、わ、私がリードするの? マルコを、私が? そ、そうよね、私、おお、お姉さんだものね! マルコはとってもしっかりしてる男の子で、牧場の管理から自分の生活まで、それこそ当たり前だけど掃除洗濯料理にミイ姉さんのお世話まで全部一人でこなしてしまえるスーパーヤング(古い)なのは知っているけれど! でもでも、やっぱりあ、あ、あっちの知識ってなると不十分だと思うものっ! だからそういう場面があってもマルコに恥をかかせないよう私が、と、年上のお姉さんであるわ、私が、手取り足取り腰とr……ァバッ!)

 どんな場面を思い浮かべたのか、アニールは赤い顔で血が噴き出す寸前の鼻を思いきり押さえた。わずか後ろ程度だったマルコとの距離も二歩ないし三歩後ろとなり、前を行く自分より少し小さく見える背中に気づかれないようにと荒ぶる呼吸を必死に整える。

(お、落ち着け、落ち着くのよ、アニール・クッキー。今ここで暴走したっていい事なんて何一つないわ。暴走するなら既成的事実を作れる場を念入りに完成させてからよ!)

 何かもうすでに暴走する気持ちが満々で、事実も既成概念からすれば捏造も甚だしい事を考えちゃってる女の子アニール・クッキーだが、それはもうこの場に限ったことで言うならば仕方がないことなのだ。

 だって。

 恋する女の子に常識なんて関係ない。

 愛こそ正義なのだから!


次回 「 ワクワクの約束 」

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