十二話 『 三人組 』
森を抜けると真っ先に目に映るのが、その岩だった。
巨大という言葉の前に『超』を幾つかつけても余るのではないかと思うほど大きい岩には、特別な名前など付けられていない。特別な名前は付けられていないが、二ペソ村の人たちからは『おいしさん』などと呼ばれて親しまれている。深くはないけれど幅広の川を見下ろせる崖(と言っても垂直なものでなくいくらか坂になっている)のふちに妙なバランスで鎮座しているその巨大な岩は、一見すると人をハラハラさせる位置にあり、ちょっとしたきっかけで崖を落ちていきそうにも見える。
そんな巨大な岩の足元に、目的の祠はあった。
「……」
「……」
特に何を祈ることはないけれど、習慣としての行動が小さな祠の前でひざを折って目を瞑らせ――マルコとアニールの二人は、崖下の川から聴こえるせせらぎと、森の木々から大きな岩の上に飛び移った小鳥のさえずりを暫し聞いて瞼を持ち上げた。
「さて、と。戻りましょうか、アニールさん」
「うん、そうだね」
散歩がてらの祠の見回りを終えて二人は一緒に立ち上がる。崖下の川と背後の森のおかげか清涼な風が吹くこの場所で、立ち上がるに任せてそのまま背伸びをするアニールは、控えめに言っても豊満なそれを突き出すようにぐっと胸を張った。朝日に照らされるアニールの気持ち良さそうな様子を見るマルコも、真似して両腕をぴんと伸ばす。
「「ん……ッ、ん~~~~」」、と二人で一緒に。
息をつき、互いに顔を見合わせて一拍。二人は噴出した。何が面白いわけではない。その瞬間が楽しかった。だからけらけらと二人は笑いあう。
その、さなか。
聞きなれない疲れた声が三つ、崖の下から聞こえてきた。
『姉さん、本当にここであってんですかぁ?』
『当り前さねっ! まさかあんた達、アタイの言うことが信じられないってぇのかい?』
『い、いやですよぅ、姉御ったら! うちらが姉御の事を疑うはずがないじゃないですか。なあ、マメもそうだろう!?』
『そ、そうですよ、キノコの言う通りっすよ、姉さん! だからそんな怖い目で睨まないで下さいっすよぅ』
『……、ふんっ。だったらツベコベ言う前に手を動かすんだよ、まったく!』
『『あいあいさっさーっ』』
苛立ちと疲れをないまぜにした声に、二人していぶかしむマルコとアニール。意味はないけれどそろりそろりと崖のふちへと寄って、地べたに横になって崖下を覗く。
「……三人組、ですね」
「見たことはない、よね……?」
崖下の川の横に彼らは居た。
恰好は三人ともに探検家然としたものだが、真っ先に目を引くのは、緩く波打つ、掠れたような金色の長い髪の女性だった。コロネパンの様な縦ロールが顔の横にぶら下がっているのも、彼女に目を引かれる理由の一つだろう。そしてその女性の前でせわしなくテントの設営(の様に見える)をしているのがあとの二人の男性だ。背が低く横に広い体形をした一人と、背が高くひょろりとした体形の一人。マルコとアニールは何がどうという訳ではなかったが、背の低い男性がマメと呼ばれていた方で、ひょろりとした男性がキノコと呼ばれていたのだろうと思った。
「キャンプをしに来た人たちですかね?」
「んー、それにしては雰囲気が変じゃない?」
「まあ、あまりいい雰囲気ではありませんね。なんだか女の人の機嫌が悪そうですし」
「それに、装備もただのキャンプにしては余計なものが多い気がするの。ほら、あれ」
アニールが小さく指さす先には、キャンプ道具として使い道の分からないつるはし等が。
「つるはし、ですか。むぅ、なんでしょうね……」
大型テントの設営と一緒に、普通のキャンプには必要のないだろう道具たちをごちゃごちゃと組み立て式のテーブルに広げていく崖下の男性陣。はたから見ればコミカルな三人組だが、もしキャンプをしに来たのであれば、探検家然とした恰好や広げられていく道具の異様さは奇妙と言えるものであった――。
次回 「 恋する少女の桃色模様 」