十一話 『 いじける少女にさす光明 』
さて、ここで。
そろそろ頭がこんがらがる頃だろうから改めて見た目の話をしよう。
まず、ミイ姉さんは牛だ。村にいる人間はもちろん、その飼い主であるマルコ・ストロースにもその姿は牛に見えている。やや、という言葉では収まりきらないほどの巨体を有するホルスタイン種と言う形で。それはミイ姉さん本人だって、そういう認識で間違いない。水飲み場の水に映る自分を見てもそれは確かだ。
変わってルチル・ハーバーグはと言うと、ミイ姉さんを一般的な牛として認識していない。それどころか四足歩行する動物にも見えてない。妙齢で、とても美しい、しかし牛の特徴を持った女性に見えている。おっぱいなんてフッカフカだ。――フッカフカだ!
言わば、ルチル・ハーバーグの見ている世界だけが、独自の物になっている。ミイ姉さんの、ルチルに感じる『牛なのに人』という違和感はあるけれど、見た目として牛人間を認識しているのはルチルだけ、ということになっているのである。
呆れからくる乾いた笑いを鼻から抜いて、ミイ姉さんが続ける。
「で、あなた……ルチル、だっけ?」
「はいそうですよールチルですーぺたんこ貧乳のルチルですー」
「――。はあ……そう、ぺたんこ貧乳のルチル、ね。じゃあ、ぺたんこ貧乳のルチルは考えているのかしら。ぺたんこ貧乳のルチルがこれからどうするのか。まさかぺたんこ貧乳の……」
「すみませんごめんなさいもういじけたりしないので勘弁して下さいっ!」
ルチルは涙をこぼした。
ミイ姉さんから、ため息が聞こえる。
「もう、最初からそうしてなさいな」
「はい、ごめんなさい……」
「そもそも、胸なんかで卑屈になり過ぎよ」
「でもだって……絶壁だし……」
「胸なんて、勝手に大きくなるじゃない。ミルクを飲んでいれば」
「ならない人だっているんですよぅ……」
「それは、普通のミルクでしょう?」
「ミルクに普通も特別も……」
「ならルチルは、どうしてここまで来たのかしら?」
「それは胸を大きくするために……」
「どうやって?」
「二ペソ村に伝わる伝説の牛乳を……あ」
ようやく自分が何の為にここまで旅をしてきたのか思い出した。
そして目の前にいるのは、その言い伝えが残る村で毎日飲まれているミルクを提供している、当の本人の牝牛だ。
「自慢じゃないけど、さっきルチルの服を脱がそうとしていた男の子に代替わりするよりはるか前から、私のミルクは二ペソ村の食卓を飾っているの。だったら言い伝えに残るミルクが誰の物かなんて、考えるまでもないでしょう?」
「それじゃあ……もしかして」
「自己紹介も済んで、現状の把握も終わった。私たちが仲良くなるのなんてこれからで十分。なら、このあとを如何するかなんて、もう答えは出ているわね。違う?」
ミイ姉さんの言葉に反応するルチルは、小さく縮こまった体をモゾリと動かした。さっきまでの拗ねた表情が幾分残る眉の形のまま、しかし返事は大きくうなずいて見せる。
「ミルク姉さんのおっぱいをいっぱい飲む!」
「そうね。そしてもう一つ、考えなければいけないことがあるわね」
「もう、一つ……?」
「ヒトの姿に戻ること」
「あ」
「……まさか、本当に忘れていたの?」
「そそ、ソンナマサカ。戻りたいですよ、うん。モドリタイモドリタイ……」
立派な乳になるという目的地への道のりが見えたことで、自分の現在の状況なんてすっぽ抜けちゃうルチル・ハーバーグ。ミイ姉さんは、そんなルチルにため息交じりだ。
「……まあ、いいわ。じゃあ取り敢えず、今夜、行くからね」
「今夜、行く?」
「そう。会いに行くの」
ミイ姉さんは舎内から見える山のてっぺんを流し見ながら。
「この辺り一帯を治める、ヌシ様にね」
次回 「 三人組 」