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限りなく汚いバハムートでも詠んでみよう

こんにちは。

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 怪物の口の中を見た。

 少女が二人。

 キンシとモアがそれぞれに異なる驚きを抱いている。


「わあ……?! 小粒で美味しそうな心臓の匂いがします……!!」


 キンシは喜ばしい事実を言葉の中に表現しようとしている。

 大物の鯉のぼりのような怪物の肉を目のまえにした時と同じように、キンシは口の中にとろりとした唾液が溢れ出てくるのを感じていた。


「なんでしょうか? なんなのでしょうか? 甘いものをこう……キャラメルのようにぎゅぎゅっと! 密集させたかのような、そんな匂いがしますよ……!」


 キンシが不思議そうにしている。

 魔法使いの少女が、子猫のような聴覚器官を興奮気味にピクンピクン、とさせている。


「喉、口蓋垂(こうがいすい)に濃縮した魔力の結晶体があるようだね」


 魔法少女の興奮具合に理由を附属させるように、モアが少女の右隣から目測を語っている。


「心臓がきちんと肉体の中に保護されているというのならば、集団による改造の線はいくらか除外されることにはなるが」


 モアは予想をしている。


「いや、しかし可能性はzero(ゼロ)とは限らない。

 集団の研究心、探求の手、実験に及ぶ資金力は目を見張るものがある」


 モアの言い分に対して、驚いてみせているのはメイの姿であった。


「あら、魔術師さんたちのリーダーをつとめているあなたでも、そんなふうに思えることがあるのね」


 メイと言う、鳥の獣人族特有の白色をした柔らかな羽毛を生やしている魔女。

 魔女がすこしだけ意外そうにしているのを、モアは微笑みのなかで静かに肯定していた。


「いや、不甲斐ない話ではあるが、この灰笛(はいふえ)も昨今の魔力暴走の増加で、都市と市民の……「普通」の方々の安全な生活を守るだけでカツカツの精一杯なんだよね」


 モアが語る、この世界の金勘定についての問題。

 それを聞いている、周辺の人間たちの反応は各々に異なっていた。


「へえー……? そうなんですかー……??」


 キンシは左の手の平を下側、喫茶店の清潔に磨かれた床に向けたままにしている。

 むき出しの手の平。

 皮膚のほとんどを呪いの火傷痕におおわれている。

 

 黒水晶(モリオン)の様な暗黒は取り払われ、いまは微かに白みがかった水晶(クリスタル)のような色合いをもっている。

 完全なる透明を得られていないのは、おそらくキンシ本人にある程度の心の迷いが生じているほかにならなかった。


「よく分からないけれども、モアさんも色々と大変なんですね」


 キンシはそれだけのことを言うと、左の手の平の下に浮かばせている怪物の肉体に再び視線を集中させている。


 この魔法使いの少女には、自らが作成した魔法の針でハリセンボンのようにした怪物の肉体そのもの。

 そちらの方こそ重要な意味を帯びているらしかった。


 キンシが他所事のように眺めてきている。

 魔法少女の右目、緑色にきらめく虹彩を見やりつつ、モアは開示出来うる範囲の事情を語り続けている。


「いやはや、まことに口惜しい」


 モアはキンシの方を一方的に見つめている。


「キンシ君みたいな、将来有望な作家さんを育成するための資金ですら、古城にはあまり備蓄が用意できていないだよ」


 本心か否か、どちらにせよモアにとってはあまり重要な意味を有している訳では無さそうであった。


「さ、さささ……作家さんっ?!」


 自分のことを表現する言葉。

 キンシはモアのチョイスに驚き、恐れおののいている。


「そ、そそそ……! そんな、僕なんてそんな風に言われるほどの技量を持ち合せておりませんよ……っ!!」


 キンシは謙遜(けんそん)のようなものを作ろうとした。


 しかしお世辞にも上手く作れているとは言えそうになかった。

 ただの卑屈、言うなればそれは自己評価の低さから導き出される情けなさでしかない。


 古城の主である彼女の瞳。

 雨雲の隙間からのぞく晴れ間、青空のように明るい青の瞳を持っている。

 

 円形に整った瞳孔がス……と縮小されているのが確認できた。


「なるほどね」


 モアはキンシの心理的状況を、ある程度まで集め終わっているようだった。


「これはなかなかに、もしかしたら集団である彼らよりも重症、かもしれないね」


 モアがそのように語っている。

  

 キンシ本人が古城の主である彼女の言い分を理解しようとする。


「いやだわ、モアちゃん」


 それよりも先に、反論を起こしているのはメイの声音であった。


「いったいぜんたい、あなたはキンシちゃんのなにをしって、そんな比較をしているつもりなのかしら?」


 殺すことを渇望せずにはいられない魔法少女と、殺すことをあくまでも計画の一部として他者の責任にしようとする「集団」。


 魔法使いの少女本人はともあれ、少女と行動、生活、魔術ないし()()をこしらえる。

 共同作業、協力関係を結んでいる。

 関係性がある人間を否定した。


 いや、否定と呼称することもおぞましく思える。

 これは酷評である。


 「集団」と呼称される集合体、現状この世界において攻撃的、暴力的、排他的な行為によって共通の目的を叶えようとしている。


 「集団」の実害を受けた。

 メイは記憶を再検索するほどに、刃物のように鋭い感情が胸の内に具現化するのを感じ取っていた。

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