エクセレントでエモーショナルな経営者になりたい
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実に狂暴なる集合であった。
キンシの作成した魔法、小さな縫い針のようなモノたちの群れ。
翡翠のひと塊から削り出したかのような、色の密集が瞬く間に怪物の肉体を包み込んでいく。
ぶすぶすぶす!
ざすざすざす!
ちくちくちく!
硬い一物が柔らかい肉を裂いて挿入される。
恐ろしき人喰い怪物が、キンシの作成した針に包み込まれていた。
元々持っていた黒いインクの一滴のような姿から、冷たい湖に沈む毬藻のような姿へと変わり果てている。
「 ああ あああ あ あ」
ただ一つ、一部分だけ、均等かつ均一に並ぶ白い歯並びだけが、空間の中にしっかりと露わになったままでいる。
「まあ! ふしぎ」
メイがさらに驚きを重ねている。
「あんなにたくさんの縫い針に刺されているのに、あの怪物さんはなきごえひとつあげないのね」
メイは怪物の生命の危機に、ためらいもなく喜びのようなものを覚えていた。
なぜか、理由なんてものは単純でしかない。
相手は恐ろしき人喰い怪物。
自らの血と肉と骨、皮膚を喰らおうとするおぞましき存在なのだ。
殺さなくては、こちら側が喰い殺されるだけなのである。
ともあれ、怪物の動きはそこでとりあえずのところ一時停止することになった。
ボタリ……。
少し湿った音は、怪物の体液が細い糸に伝い、滴り落ちる重力の気配の音色だった。
喫茶店に備え付けられた、木製の清潔な机の上に怪物の肉体が転げ落ちる。
「お客様ー! だーいじょーぶですかー!」
トユンが客人に向けての対応を行おうとしている。
その間に、キンシは意図せず相手をすることになった人喰い怪物の様子を観察しようとしていた。
「小型の……スライム種に見えますが……?」
キンシは自らが作成した魔法の針に縫い止められている、怪物の小さな体をしげしげと見つめている。
「その割りには、針で刺しても全然血がでてきませんね」
キンシは左の手の平を下に、ハリセンボンのようになった怪物にかざしている。
「普通、スライムさんと言ったら一匹でノド飴ひと粒分ほどの効率的な効能を期待できるはずなのですが……」
「へえ?」
ノド飴一つ部分がどれほどの意味を持つのか、メイには理解できそうになかった。
いまいち具体性のない、分かりづらい比喩表現についてはさておき、メイはキンシの手の平の下にあるものをジッと観察している。
「なにか、理由があるのかしら?」
まずもってのことをメイは考えようとする。
キンシが、魔法使いと呼ばれる彼らが恐ろしき人喰い怪物と戦う理由。
そのうちの一つは、怪物の体内に赤々と流れる魔力を大量に含んだ血潮があげられる。
メイは視線をすい、と移動させている。
違和感を覚えさせないようにしている。
メイはつとめて自然な動作を意識しようとした。
喫茶店のカウンターの上に山積みにされた、リンゴ……のような魔力鉱物の結晶体を見やっている。
収穫したばかりのリンゴ型魔力鉱物たち。
瑞々しい赤色。
冴えわたった青色。
蠱惑的な黄色。
まろやかな乳白色。
色とりどりのリンゴ型魔力鉱物は、間違いなくキンシとトゥーイの二人、あとは周辺の人々。
比較的、魔法使いと言う存在に好意的なる印象を抱いている人間の手によって得られた、貴重な収穫であった。
「これじゃあ、リンゴの収穫も期待できそうにないですね」
キンシが残念そうに呟いている。
魔法使いの少女の目測に、モアが同意を簡単に返信している。
「血液の含有量が少ないからね。たぶんだが……──」
モアは言葉の途中にて、キンシの右隣から針の山と成り果てた怪物に触れようとしている。
モアとしては一刻も早く、待ちきれないほどに、怪物の正体を探ろうとしたがっているようだった。
その様子がキンシにしてみれば、なんとも可愛らしいもののように思われて仕方がなかった。
「だめですよ、モアさん。針がお綺麗な指先に刺さってしまいます」
キンシが注意勧告をしている。
それにモアが。
「大丈夫だよ。だってあたしの体は」
言いかけたところで、キンシの剥き出しの左手が光を帯びはじめていた。
「ほら、こうして僕の魔法で、安心安全に浮遊させてみせますよ」
いくらか余裕をもっているのは、キンシにとっての今日一日、浮遊用の魔法を使うのが初めてではないからであった。
ただそれだけのことに過ぎなかった。
魔法少女の個人的な理由もそこそこに、モアはすぐさま他人の思いやりを受け取る準備を整え終えていた。
「さあて、さてさて? まことに失礼ながら、体の中身を少し検索させてもらうよ?」
キンシの魔力によってふわふわと空中を漂っている。
怪物の体を、モアは割かし遠慮のない指の力でこじ開けようとしていた。
捕食器官。
人間において口の部分にあたるであろう部分。
そこに、白い歯と歯の間にモアの指がねじ込まれている。
「噛まれませんかね?」
キンシが重ねて心配そうにしている。
「自信をもってキンシ君、君の魔法はおおよそ正しいよ」
魔法少女を安心させる台詞を、モアはいたって自然な様子で優位的な立場にて舌の上に用意していた。
そう女たちが口の中を見る。




