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腐肉を漁るのはギターの音色と小鳥ちゃんのためいき

こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 獲物、生きている肉体。

 新鮮な血液と肉を求めてサバンナを探るチーターのように、キンシはぺろりぺろりと舌なめずりをしている。


 事実、この子猫のような聴覚器官をもつ魔法使いの少女は、すでにいくらかの確信を作りあげているらしかった。


「どれどれ……?」


 口を開いた先からよだれが雫となってこぼれ落ちそうになる。

 キンシはそれをこらえながら、期待を込めた視線をコーヒーカップの底に向けようとしている。


 喫茶店の店員であるトユンから手渡された、コーヒーカップには彼の指先を食い千切ろうとしていた「何か」が存在しているはずだった。


 見ようとしている。


 それと同時に、()()()も「見られている」ことを強く自覚しているようであった。


「   あ   」


 食欲に満ちあふれた、魔法使いの少女の視線を浴びた。

 何かしら……何かしらの人喰い怪物に類する存在が、コーヒーカップの底から飛び出してきていた。


 バビューーーンッ!!!


 と、通り過ぎた。

 その後に。


 バリイィィィーンンッ!!!


 と固いものが割れる音。


「キャアアア?!」


 誰かの悲鳴。

 他人の声だった。


「うわあ?!」


 他人(ひと)の叫び声に、キンシはそれまでの強烈な食欲を強制的に停止させていた。


 声のする方に、まずは子猫のような聴覚器官が反応している。


 耳の穴が向けられている。

 そこでは喫茶店を利用している客人の、手元に何かしらの黒い塊がへばり付いているのを確認することができた。


 穏やかに、平和にティータイムを楽しんでいたはずの客人は、憐れ突如として表れた人喰い怪物の餌食(えじき)にならんとしていた。


「させませんっ!!!」


 他人の肉が喰われようとしている。

 キンシは状況に理解を至らせるよりも先に、魔法使いとしての技能を左手の中に展開させていた。


 今は小さな万年筆。

 銀色のペン軸を持つ、魔法の道具から深い緑色をした文字列が放たれる。


 それは本来、キンシにとっての恋人であるトゥーイのために用意した魔法であった。

 ミュージックをより良いものにするための、演出的な魔法。


 攻撃用のモノではないものも、場合によっては別の用途に使える。


 キンシは魔法の道具である万年筆を左手に操作しながら、文字列を人喰い怪物がいる方角へと投げつけている。


 まるで金属の鎖がしなるように、文字列はつながりを保ったまま、恐ろしき人喰い怪物を誘惑しようとしていた。


「  あ  ああ   ああ  あ?」


 まだまだ新鮮味を失っていない、作りたてほやほやの魔力の気配を感じ取った。

 人喰い怪物が、その翡翠(ヒスイ)の色をもった文字列の句点に食らいついていた。


 キンシの魔法に引っかかった。

 恐ろしき人喰い怪物の姿が、改めてその周辺に存在している人間たちの周知の上に認められようとしていた。


「なにあれ?」


「スライム?」


 誰か、魔法使いではない一般市民、「普通」の人々が怪物についての表現を選び終えている。


 しかし魔法使いは、それらの言葉とは異なる感覚を抱いていた。


「違います、あれは完璧で完全なるスライムとは異なります」


 キンシがそう語る。

 まるで他の誰かを対象としているかのような言葉は、しかしてこの現実においてはひとり言としての意味しか有していないようであった。


「ほら、ご覧ください。完全なる液状生命体(スライム)には許されない、歯がびっしりと」


 キンシに言われた。

 魔法使いの少女の言葉を受け取った、メイは自身の側頭部に生えている植物人種としての特徴である、椿の花弁のような聴覚器官を小さく震わせている。


「まあ! ホントだわ!」


 魔法少女が表現している。

 その通りに、スライムにはしっかりとした歯並びが備え付けられていた。


「おやまあ、あれは珍しいね」


 キンシとメイが互いに驚きを重ね合っている。

 その右隣周辺にて、モアと言う名前の少女が冷静な意見を口にしていた。


「捕食器官が異常に発達したスライムか、ぜひとも捕縛して……──」


 モアが何やら、どうやら古城の主としての計画のようなもの組み立てている。


 そうしている間にも、スライムもどきはバクバクバク! バクバクバク! とキンシの作った魔法の文字列を()んでいた。


「お客さまもいます、手短に終わらせましょう!」


 キンシがトゥーイに向けて提案をしている。


 魔法少女の要求を聞いた。


「…………」


 トゥーイは無言のままでコクリ、と首を縦に動かしている。

 

 たったそれだけのやりとりで、この恋人たちは怪物を殺す決意を固めていた。


 トゥーイが携えているギターの弦を操作する。

 コードを決めて、かけら(ピック)で弦をかき鳴らす。


 カウンターの上に設置されていた首輪のような発声補助装置。

 もとい、いまはギターの音色を増強し、演出力を高めるためのスピーカーとしての役割を担っている。


 道具から掻き鳴らされた。

 旋律は濃密なる紫色の禍々しい電撃となって、キンシの作成した翡翠(ヒスイ)色の文字列を走り抜けた。


 ビリバリビリ! ビリバリビリ!


 衝撃が炸裂する音。

 

 電流が怪物の肉を焦がす。

 人間のように生えそろった歯から、舌に含まれた水分にトゥーイの攻撃の影響が強烈に伝達されている。


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