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悪夢も明晰夢も予知夢も全部食べ尽くしたい子猫ちゃん

こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 突然指先に痛みが走ったらしい


「うわッ?!」


 トユンが驚いて、指をコーヒーカップの底から離している。


 辛うじて左手はカップの取っ手を握りしめたままであったため、陶器が粉々に割れるという惨事だけは、とりあえず回避することができていた。


「トユンさん?!」


 若い男性の喫茶店の店員の叫び声を聞いた。

 キンシがびっくりと、子猫のような聴覚器官を大きく震わせている。


 魔法使いの少女が見ている先。

 視線の先、そこではトユンの指先から、小さな血液の雫が垂れているのを確認することができた。


「大変! 血が出ております!」


 キンシがあたふたと慌てふためいている。

 その右隣、カウンター席にちょこんと座るメイが、トユンの症状を冷静に観察していた。


「ちょっとしたかみ傷ね、これならほんのすこし──」


 トユンの傷にメイの指先がそっと触れている。

 メイのつららのように白く、若い枝のようにたおやかな指先が、トユンの人差し指に生じた噛み傷に温かな魔力をそそぐ。


 ポゥ……。

 と、紅色に透き通る光がメイの指から生じている。


 それは癒しのための魔力が活動している証でもあった。

 二秒ほど経過した後で、トユンの緊張していた指先がゆったりと弛緩(しかん)している気配が感じ取れた。


「おおお?」


 トユンが静かなる感激の声音を口から漏らしている。


 彼が感激し、メイがそれを聴覚器官に受け取る。

 白色の羽毛を生やしたメイの、魔女としての癒しの技術がトユンの指先に生じていた噛み傷を癒していく。


 えぐれていた肉は新たなるピンク色を増幅させ、表皮はしっかりとした湿度とかたさを取り戻している。


 彼が感心するほどに、メイの魔力は彼の傷をすみやかに治してしまっていた。


「治った、すごいな!」


 ぴったりとくっつき合っている健康な指先。

 自らの肉体が無事に戻ってきた。


 トユンが感激している先で、メイがカウンター席の上で体を脱力させていた。


「ふう」


 メイはかなり疲労感を感じているらしい。

 ぐったりとした肉体がかたむけられる。

 カウンターの深い色合いをもった木材、ニスのつややかな表面が冷たく白色の羽毛を生やした魔女の肉体を受け止めていた。


「大丈夫ですか? メイお嬢さん」


 疲労感を覚えている。

 メイのことをキンシが、鼻の穴をひくひくとさせつつ心配していた。


「ううん……治癒魔術はやっぱり、私には難しくて、疲れちゃうわね」


 そう語る。

 メイの様子、口調やしぐさなどは、幼女としての雰囲気をいちじるしく欠落させている。


 どことなく、触れがたいもの。

 

 家庭と言うぬくみのなかで他者を受け入れない、秘密の領域。

 空間を守るもの、主婦? あるいは人妻と言うのはいささか俗っぽいか。

 ともあれ、メイはどこか人妻めいた色気のようなものを肉体、柔らかくフワフワとした白い羽毛の毛先のひとつひとつからかもしだしている。


「んんん?」


 トユンがこの世界にあまねく存在している、健康で「普通」な男性に備わった、性欲と言うセンサーを敏感に感じさせている。


 ざっくり行ってしまえばムラムラしている。

 しかしトユンは、自らの肉体(主に下半身の辺り)に生じた生理的反応を認めるわけにはいかなかった。


 なんといっても相手は、相手は! どう見ても七五三さえもまともに終わらせていないであろう、幼女なのである。


 そう、幼女なのである!


「えっと!!!」


 トユンは邪なる願望、それも社会常識的にかなり危険なレベルになるであろう、自らの欲望をなるべく手早く否定する必要性に駆られているようだった。


「うん、メイちゃんは治癒魔法……じゃなくて、魔術だっけ?

 何でもいいか。

 うん、ありがとうッ!」


「え、ええ……どういたしまして?」


 唾を飛ばすほどの勢いで感謝を伝えてきている。

 喫茶店の店員である彼に対して、メイはとまどい気味の返答だけを唇に呟いている。


 話題を切り替えるために、トユンは自らの傷病についての原因を探ろうとした。


「なんか、コーヒーカップの中になにか、隠れていたんだけど」


 トユンが誤魔化し半分、あとのもう半分は未知なる事象への恐怖心を再生させている。


「ちょ、ちょちょ、キンシくん、ちょっと見てくれよ」


 崖の下に同族であろうペンギンを突き落すかのように、トユンはいとも容易く魔法使いの少女に助けを求めていた。


 そしてさらに厄介なことに。


「了解しました!」


 生贄じみた真似をされた、キンシ本人はしかしてこの状況を悪いとは思っていないようであった。


「どれどれぇー?」


 キンシとしてはもう、鼻の穴をヒクヒクとひくつかせている。

 

 この魔法少女は頭の中で理性的に、きちんとした言葉、正しい文法による思考を捨て始めていた。


 先ほどまでのトユンと何ら変わりない。

 (けだもの)じみた気配としては、キンシの方こそ負けず劣らずと言った様子であった。


 性欲よりも生命に密接した欲。

 失えば、直接的な死はまぬがれないであろう。


 欲望の名前は食欲であった。


 ぐううう……。


 キンシの腹の中、胃がはやくも食物、魅力的で蠱惑的な栄養素を求めて活動を起こそうとしていた。

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