週末は君の脂肪と、皮膚と、血液と過ごしたい
こんにちは。ご覧になってくださり、ありがとうございます。
トユンがキンシのことを無視している。
それは話題を円滑に進ませるための、いわば必要な犠牲と呼べるものであるらしかった。
「…………」
トゥーイの方でも、いまは手元に発現させた魔法の道具の一つ、ギターのように見える器具を操作することに強く集中力を高めようとしていた。
ギター一本だけでは、トゥーイが目的とする効果や結果を発揮することは限りなく難しい。
であれば、トゥーイはそのギターに加えて更なる道具を用意する必要性があった。
そしてその追加の道具は、血液中の魔力やら空気中に含まれている人喰い怪物の残骸などに頼るまでもなかった。
「…………」
トゥーイはギターを体に背負いながら、右手はその首の辺りに添えて楽器の重さを支えている。
そして右手を自らの首元、首輪のように巻き付けてある発声補助装置に触れ合せている。
パチリ。
硬い物が小さく擦れ合う、硬質な音色が空間を小さく振動させていた。
音の後に、トゥーイの首元から首輪のような発声補助装置が外されていた。
「あら、それ、ちゃんと取れるのね」
メイが少し驚いたような気配をにじませる。
その冬の青空の下に咲きほこる椿の花弁によく似た、紅色の瞳の中におどろきを浮かべている。
「てっきり、ほんとうのワンちゃんの首輪みたいに、取っちゃいけないものだとおもっていたわ」
メイが自分の中の勝手なイメージ、いわゆるところの偏見のようなものを語っている。
幼い肉体の、鳥の獣人族特有の白く柔らかな羽毛を生やした魔女のかたよったモノの見かた。
それを言葉として聞いた、トゥーイの白色の柴犬のような聴覚器官がピクリ、と小さく動いている。
「…………」
トゥーイの方はやはり無表情のまま。
だが状態の維持はすなわち、彼にとってもメイの言葉がさして重要度を帯びていない事の証明でもあった。
白色のふーかふーかとした羽毛を生やした魔女の偏見の前。
視線の最中にて、トゥーイは外したばかりの首輪から一筋のケーブルのようなものをびいぃーん、と伸ばしている。
メイはそれをてっきり新しい銀色の鎖、あるいはそれに類似した現象かなにか、かと思っていた。
だが白色の羽毛を生やした魔女の期待のようなものは外れることになった。
首輪のような発声補助装置から伸びているのは、いたって普通のケーブルでしかなかった。
先端が金属の伝導体になっている。
トゥーイはそれを魔法のギターにカチリ、と速やかに繋げていた。
繋がった際の雑音が聞こえたような気がした。
だが雑音は意図的に排除されていた。
手順を可能な限り簡単に済ませられるように、トゥーイの魔力が余分な音をほぼ自動的に排除しているらしかった。
さて、チューニング。
「…………」
ビイィィーン……。
ビイィィーン……。
発声補助装置から流れる、ピアノのポロンポロンとしたバッググラウンドミュージック。
それを柴犬のような聴覚器官に受け止めつつ、トゥーイは右手にギターの弦をつつくための小さなかけらを用意している。
かすかに甘い匂いを放つかけらを右手に、トゥーイはギターの弦をはじいた。
瞬間、音色が喫茶店の店内を満たす空気を振動させる。
音は規則正しく、かと思えば突然自由奔放に翼を広げる。
終わりのない音色、だが永遠に続くものはないと確信させる。
水、をイメージすれば良いのだろうか?
一滴は肌を小さくくすぐるほどしかない。
だが集まればどうなるだろうか?
今しがたこの喫茶店の外部、灰笛という名の地方都市のアスファルトを濡らす。
水溜まりを靴底が踏めば、小さな波が新たな雫を形成する。
留まることを知らない、常に動き続ける。
だが同時に、メロディーはこの場所にだけ限定されている。
そのことを自覚するほどに、音は寂しさを色濃く脳裏に沈み込ませていった。
「ステキな音色ね」
音を言葉で表現することが上手く出来そうにない。
メイはなけなしの表現力を駆使して、ようやくこの音楽の素晴らしさを言い表そうとしていた。
「トゥーイさんと、その友人さんで作った曲だそうですよ」
キンシの方もすっかり動揺を落ちつかせている。
霧が立ち込める朝の町のような穏やかさで、キンシは黒く柔らかな体毛に包まれた子猫のような聴覚器官をピン、と綺麗にまっすぐ立たせている。
「音楽も作れて、怪物も殺せる。一体全体、キンシくんの恋人は何者なんだい?」
トユンが、やはりと言うべきかキンシと青年魔法使いの関係性を茶化す呼び名を使用している。
「そうですねえ……。実を言いますと、僕にもいまだによく分かっていないんですよ」
しかしながらキンシの方は、すっかり音楽の方に集中しきっているようだった。
「あえて言うならば、であった頃から彼は彼以外の何者でもないし、それ以上でもそれ以下でもない。って感じです」
白色の犬耳を生やした青年魔法使いにつて、キンシは少し語った。
「ああ、でも……」
そのすぐ後に、キンシは恋人である青年についての事実を一つ、思い出していた。
「小さいころからずっと続けているのは、イラストレーションだそうですよ」




