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耳に心地よい、気持ちいいメロディーをどうぞ召し上がれ

こんばんは。

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 キンシがとっさに使用したまほう。

 それは重力をあやつる単純な魔法であった。


「んぬむむむ……っ!」


 強く集中力を割きながら、キンシは左の腕、指先を一筋の乱れも許さないように伸ばそうとしている。

 伸ばされた左の手から魔力の気配が発せられる。

 

 色彩を帯びる余裕すらもなかった。

 透明なままで、キンシは単純な浮遊用の魔法を、トゥーイが落とそうとしたコーヒーカップにほどこしていた。


 白い陶器製のコーヒーカップ。

 喫茶店の利用客の唇と舌を思いやった、全体的に丸みを多く含んでいるデザイン。

 その表面には喫茶店の店名を意味するロゴが刻印されており、魔法によって浮かぶ印が斜めに傾いているのが確認できた。


「な、なな……なにを……?」


 キンシはトゥーイに問いを投げかけている。

 子猫のような魔法使いの少女は、柴犬のような耳を生やした青年魔法使いの行動をまだ理解できていないようだった。


 子猫の魔法少女が疑問を胸の内に増幅させている。

 その視線、右目の翡翠(ヒスイ)のように鮮やかな緑色をした瞳が見つめている。


 視線の先にて、トゥーイは右手をパッと春先の桜の花びらのように展開させている。


 光が明滅する。

 キンシが使用した単純なる魔法とは大きく異なる、トゥーイのそれは明確なる意識を(ともな)った方法、選択肢の一つだった。


 ジャラリ、ジャラリ。


 現れたのは一筋の鎖であった。

 長さとしてはせいぜい二メートルほどか、現状トゥーイの手の平に収まる程度の太さしかない。


 それがトゥーイという名前の、魔法使いにとっての魔法の武器の一つであること。

 そのことはすでに、キンシや名を含めたこの場に存在している人間、関係者たちには既知の事実であった。


 もちろんそんなことは露ほども知らない周辺の人々は、まずもって青年が魔力を使用したことに驚きを覚えているらしかった。


 それもその(はず)で、この場所は恐ろしき人喰い怪物が食欲をギラつかせている戦闘の場面ではないのである。

 人それぞれの生命、個人の意識がある程度守られているはずの空間。

 安心と安全が保障されている、憩いの場所にトゥーイの魔法はいささか場違いと呼ぶにふさわしいものだった。


 そしてその認識は、他でもないトゥーイ自身が誰よりも理解、把握、納得をしているつもり、であった。


「…………」


 トゥーイは手の中に現れた鎖を握りしめる。


 そして呼吸をひとつ。


「…………すぅ、はぁ」


 光がまた、明滅する。

 キラキラと煌めいている、魔力は紫水晶(アメジスト)のように透き通っていた。


 トゥーイの肉体の内側、血管を流れる血液に含まれている魔力が反応をする。

 活動をする。

 それに合わせて、トゥーイの手の中にある鎖の形も変形していった。


 ジャラリ、ジャラリ。


 紫色の光が瞬く間に収束、そして集約される。

 光の塊が膨れ上がった。


 紫色の光の増幅に、キンシを含めた周辺に存在している人間が目を細めるか、まぶたの薄い肉をしばたかせている。


 キラキラとしたきらめきが通り過ぎた。

 その後に、トゥーイの手元に現れていたのは?


「わあ、ギターだ」


 トユンが答えを端的に表現していた。

 それ以外に言い様も無いほどに分かりやすく、明確かつ明朗に、とぅーいの手元には一本のギターが握りしめられていた。

  

 (メイプル)の木材を削り出したもの。 

 高級なるシロップを塗り固めたかのような艶やかさは、女子学生の溌剌(はつらつ)とした太ももの柔らかさと瑞々しさ、すべらかな印象を覚えさせる。


 柔らかなオレンジと茶色を帯びる、ギターをトゥーイはさながら愛しい恋人でも扱うかのような、そんな手つきで体に密着させている。


 もとより備え付けられているベルト……と呼称するにはいくらか違和感がある。

 体に巻き付け、固定するためのそれは銀色の鎖となっていた。

 肌の質感的にはあまり心地良くなさそうな、それら金属の連なりはトゥーイにとってはすでに体の一部分と同様の意味あいを有していた。


「すごいなあ、魔力で道具を空間の中に発現させたのかあ」


 トユンがトゥーイの使った魔法について、やはり正しく簡単に客観化していた。


「んぬふふふ……」


 トユンの感想に対して、気持ちが悪い笑みを浮かべているのはキンシの口元であった。


「そうでしょう、そうでしょうとも……! 僕の恋人……──」


 言いかけて、キンシは子猫のような聴覚器官をビクン! と震わせている。


「──じゃなくて! えっと、その……お仕事のぱーとなーが、ですね……っ!」


 一生懸命に取り繕うとしている。

 しかしキンシの様子、動揺は見るに堪えないほどに分かりやすいものでしかなかった。


「それにしても」


 絞殺のし甲斐(がい)もなにも無い。

 魔法少女の様子を視界の隅に片付けながら、トユンはそれよりも優先すべき事象についてを考えようとしている。


「鎖と来て体術、その他にも音楽機器とは、キンシくんの恋人さんは多趣味な人なんだねえ」


 魔法少女が否定していた内容を、トユンはあっさりと拾い集めている。


「だから……っ! 決して恋人などでは……っ!」


 キンシの主張をトユンはさらりと無視している。

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