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好きな音楽を流してお茶を濁そう

こんにちは。

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 魔法使いの青年には期待できそうになかった。

 キンシは己が手でメイの指を、誘惑を振り払う必要性に駆られていた。


「お、おやめくださいませ……っ! お嬢さん、メイお嬢さん……っ!」


 上着を脱がそうとしている。

 キンシは上半身にノースリーブのワイシャツと、ほとんど必要性を感じさせないスポーツブラしか身に着けていなかった。


 このまま脱衣を許してしまったら、今以上に他人に見せてはならぬ部分があらわになってしまう。

 そのことは、メイにも充分理解できている事実のはずであった。


「目立ちたくないのなら、このような変……変! 変態じみた真似は今すぐにでもお止めに」


「あら? べつに私はみんなに見られることなんて恥ずかしいとは思っていないわよ?」


 黒い体毛に包まれた、子猫のような聴覚器官をもつ魔法使いの少女を言いくるめる。

 そのために、メイはいとも容易く事実をゆがめようとしていた。


「えええ?! だって、だって……! 殺気立って、じゃなくて……さきほどだって、リンゴを片手に恥ずかしそうに」


「それはじぶんのことだけしか考えていなかった、私のシッタイってやつだわ」

 

 子猫のような魔法少女の言い分を、メイはあまりにもあっさりと否定してる。


「でもいまは、私個人が、キンシちゃん、あなたの肉体をみたいの」


 メイは己の欲望をつつみ隠さず話している。


「じぶんが見たいものを見るためには、すこしの恥なんて、こうして……」


 メイはパッと指先をキンシから離している。


「あ……」


 白色の柔らかな羽毛がなびく、魔女の指先の感触が離れていくのを、キンシは知らず知らずの内に寂しいと思うようになってしまっていた。


「こうして、ほかの誰かににらまれたって、私はへいきなのよ」


 モアにさらわれた時とは異なる。

 キンシはまるで母親に見捨てられそうになっている、スーパーのお菓子売り場に置いてけぼりになった幼子のような気分を覚えていた。


「ねえ、キンシちゃん、脱いでくれないかしら?」


「は、は、はわわ……」


 メイの、咲きほこる椿の花弁のように鮮やかな紅色に射すくめられる。

 その視線の強さに、キンシはなぜか既視感を覚えていた。


「そ、そそ……そこまで言うのならば……」


 悪い気はしないと、キンシの視界の中にはメイの両目だけが映し出されようとした。


 と、その所で。


「…………」

 

 メイの左頬を、温かく圧迫する指がこの場面に出現していた。

 

 ムニムニと、魔女の白く滑らかな、かすかに柔らかな羽毛の気配が生える頬を揉んでいる。

 指の正体はトゥーイによるものだった。


 トゥーイがメイに向けて語りかける。


「もももももも、こいもももももも」


 しかし実際に発せられたのは、言語としての形すらも為していない雑音ばかりであった。


「もももももも」


 音を発しているのはトゥーイの身に着けている首輪、のような形をした発声補助装置であった。

 壊れかけのそれを聞いた。


「あらあら、そうなの」


 しかしながら、メイはそれだけの表現で魔法使いの青年の伝えんとしていることを理解しているらしかった。


「ごめんなさいね、ちょっと悪ふざけがすぎたかも」


 メイはキンシの体から指を完全に離す。

 そして言い訳をするように、空になった指先をトゥーイに見えやすい位置にヒラヒラとひらめかせている。


「うん、もしかすると、モアさんにエイキョーをうけてしまったのかもしれないわね」


 メイが自省をしている。

 白色の魔女は気分を変えるために、トゥーイに要求をしている。


「キブンかえましょうか。トゥ、ちょっと小いきな音楽をちょうだい」


 人間一人に要求する内容としては、かなりアバウトが過ぎるものかと思われる。


「…………」


 しかしトゥーイの方は、魔女の要求を首を上下させるだけで聞き入れていた。

 唇に沈黙を保ったまま、トゥーイは首元に巻き付けている発声補助装置を軽く操作する。


 ラジオのハンドルのような、小さな突起をクリクリと回す。

 その後に。


「~~♪ ~~♪ ~~♪」


 ピアノの調べと思われる、リズムと音色がトゥーイの首元から発信されていた。


 青年の肉体からいきなりピアノのメロディーが流れてきた。

 周辺の人々は「?!」と、少しの間トゥーイのことを異常なものを見るかのような視線で見ていた。


「このピアノの音……なんだか……?」


 よりいっそう周辺の人々の視線を浴びている。

 キンシは高まる緊張感のなかで、それでも音の正体を探ろうとしていた。


 しかし魔法少女の検索を、青年は今は置いてけぼりにしようとしていた。

 そうしたほうが、少女の秘密を隠せるとそう信じきっていた。


「…………」


 トゥーイが右の手をサッと上に掲げている。

 右手の先端、そこには中身を全て飲み干したコーヒーカップが握られている。


 トゥーイは右の手の平を開く。

 解放されたコーヒーカップが、重力に従って喫茶店の床に落ちようとした。


「あ、危ない!」


 言葉を最初に発したのはトユンの喉もとであった。

 しかしながら行動を起こしたのは、喫茶店の店員ではなかった。


「……!」


 左手をまっすぐ前に伸ばしている。

 キンシの指先が魔法の活動によって光をおびていた。

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