絶命の声を追いかけたいのがはじまりでした
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メイが魔法使いのうちの一人の名前を呼ぶ。
「トゥ」
名前を呼ばれた。
トゥーイが彼女のもとに歩み寄っていた。
「…………」
唇は横一文字に閉じられたまま、トゥーイの視線がメイの姿を認識している。
七歳程度の幼い肉体に、鳥の獣人族特有の羽毛を生やした姿。
魔女としての知識を持つ、白色のふーかふーかとした羽毛の毛先をトゥーイは視線だけで追いかける。
「あとは、細かい所を、トゥ、あなたに、埋めてもらいたいの」
メイはいつもの舌ったらずな口調を整えるために、言葉を丁寧に区切って発音しようとしている。
魔女の提案を聞いた。
「…………」
トゥーイは首を縦に動かし、少ない動作のなかで魔女の要求を受け入れていた。
「…………すぅ、はぁ」
トゥーイは呼吸を一つする。
空気中の要素、酸素であったり、怪物の死体から香り立つ灰の気配を体内に取り込む。
肉体の内、血液の中に含まれている魔力が活動する。
右手を修繕中の壁にかざす。
指先に熱と光が灯る。
それは紫水晶のような紫色をもっていた。
紫色の透き通る光の先。
そこに液体のようなひと塊が集中している。
魔法使いたちの間にて「水」と表現される、最も単純とされる魔法の一つ。
それらをトゥーイは指先でいくつもの玉へと分割させている。
少しの工夫で済まされる。
魔法の玉は修繕中の壁の細やかな隙間に入り込み、瞬く間にメイの紅色の糸と結合をしていた。
「うわあ、早いですねえ」
その様子を観察していた、キンシが感心の声音をあげていた。
「なんだかあっという間に、僕らの破壊がなおされてしまいました」
キンシがそう表現している。
その通りに、メイとトゥーイの手によって喫茶店の壁はあらかた修繕し終えていた。
「すごいなあ、すごいなあ……!」
魔法使いの青年と幼い白色の魔女の業に、キンシが心の底から感心しきっている。
そんな魔法使いの少女の右隣から、シイニがちりん、と警告用の鈴を鳴らしていた。
「ふむ? 不思議だな」
キンシはどうやらまだ、シイニの言葉に気付いていないようだった。
「普通、魔力と言うものは他者の影響を受け入れないはずなんだが?」
子供用自転車のような姿に封印されてしまっている、シイニは前輪を小さく右に傾けていた。
「こんなにも親和性があるのは、身内か……あるいは……──」
言いかけたところ、キンシがそろそろ子猫のような聴覚器官の内にシイニの言葉を聞き入れようとした。
そのところで。
「…………」
シイニの姿を射すくめるように凝視する視線が一つ、あった。
視線に敏感に気付いた、シイニは中途半端と理解していながら言葉を断絶することを優先していた。
シイニが見る。
そこにはトゥーイの視線が存在していた。
魔法使いの青年の瞳。
アメジストのように透き通る紫色。
色彩には今、明確なる敵意が研いだ刃物のように鋭くきらめいていた。
余計なことを言うな。
言葉を必要とせずに、シイニは青年の言い分をおおよそ悟ってしまっていた。
「わあ、すっかり元通り!」
緊迫感が弓の弦のように一直線に張り巡らされていた。
目に見ることの出来ない感覚を断絶させていたのは、トユンの感想文であった。
「これならオレも、店長に怒られずに済みそうだ」
トユンは問題が解決した安堵感から、隠していた本心を言葉の中に並べている。
トユンの様子を見た、メイが展開させていた魔術式を解除しようとしている。
「あとはしばらくアンセーにしておけば、二日ぐらいでアンテイするはずよ」
メイに安静を要求された、トユンはそれに快く答えを返している。
「もちのろん、しばらくは三角コーンで区分けしておくよ」
トユンはそういった後に、魔法使いたちに提案をひとつしている。
「怪物も退治できたし、壁も元通り! 皆さん疲れたでしょ、うちの店でゆっくりしてってよ」
…………。
「まあ、実際には売り上げを伸ばしたいだけなんだけどね」
トユンが本音を語っている。
魔法使いの少女ご一行はいま、再び喫茶店の店内に戻っていた。
「んんん……」
メイが居心地が悪そうにしている。
「どうしましたか? メイお嬢さん」
白色の羽毛を生やした魔女の様子を、キンシが不思議そうに見ていた。
「なんだかお顔の色が悪いですよ?」
そう言いながら、キンシは周囲の環境に目を向けている。
喫茶店の店内。
やさしいオレンジ色のあたたかみのある灯りは、魔力鉱物の効能によってもたらされている。
魔力鉱物が放つ光に照らされている、喫茶店の座席は深いワインレッドの柔らかなベルベットに似た質感を持っている。
キンシ達が腰を落ちつかせているのは、店のカウンター席にあたる区域であった。
「そりゃあ、顔のひとつも青ざめちゃうわよ」
カウンター席にちょこんと座る。
メイは元より小さい体をさらに小さくちぢこませていた。
「キンシちゃん、あなたはきづかないの? この、まわりの視線に」
メイがそのように主張している。
キンシはそこでようやく種変の人々、自分以外の他人に意識を向けるようになった。
「あー……なるほど、なるほど」




