漠然とした不安を縫い止めちゃうよ
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モアがキンシに魔術についてを言葉によって説明しようとしている。
しかしながらキンシにしてみれば、モアの言葉はこれ以上はもう必要とはしていないようだった。
この美しい古城の主である彼女がいくら言葉を積み上げたとしても、そうだとしても目の前に繰り広げられている行為の前にはほとんど無意味であった。
なぜならば。
「そうれ、ちくちくっと」
たったいまキンシの目の前にて、メイが建造物を修復するための魔術式を展開しているからだった。
メイは作成したばかりの魔法の縫い針を手の中に、魔力を使って喫茶店の瓦礫をスイ……と浮遊させている。
持ち上げたそれを、メイはジグソーパズルのピースを当てはめるように、瓦礫の元の場所を速やかに検索し終えていた。
ピッタリ合致、とまではゆかずとも、瓦礫はそれなりの適合によって元の位置へと戻されようとしている。
当てはめた先に、メイは作成したばかりの魔法の縫い針を刺し込もうとしている。
メイの肉体の一部分からちぎりとった。
彼女の属する鳥の獣人族が持つ特有のスキル。
魔法の翼からもぎ取った、それは彼女の長くサラサラとした髪の毛と同じく、世界の汚れをまったく知らないかのような、そんな純白さを有している。
白色の羽根の根元を、メイは瓦礫と残された壁の部分にあてがう。
そしてそのまま、魔法の針は建物を構築する要素の中にスルスルと滑りこんでしまっていた。
「わあ?!」
キンシが耳をピクン! と立たせて驚いている。
「こ、ここ……コンクリートをチクチクと縫ってますよ?!」
キンシはメイの使用している魔術式を端的に説明していた。
「うん、うまくいってよかったわ」
魔法使いの少女が驚愕しきっている。
その視線の先にて、メイは気軽そうな様子で自らの成功を客観的に表現している。
「とりあえず、この一片をおわったら……──」
メイは言葉の最中にて魔術式をさらに拡大させている。
純白の魔法の針を右の手の平の中に、空白の左手で空気を撫でている。
ただ虚空を撫でている、否、それは魔術式をさらに拡大させるための手順のひとつであった。
紅色がオーロラの揺らめきのように攪拌される。
メイの魔力の気配、その揺らめきが喫茶店の壁だったものたち、瓦礫の山をつつみこんだ。
ふんわりと、まるで風にさらされた木綿の群れのように、瓦礫たちが浮かび上がる。
「わわわ?!」
魔女が気軽に作動させている魔術も、キンシにしてみれば驚愕に尽きない感動を覚えるものであるらしかった。
「やばいですよ、やばいですよ?! なんの魔術回路も組み込んでいないただの瓦礫を、あんなにも軽々と、浮遊させるなんて!!」
「失敬な!」
キンシの表現に対して、喫茶店の店員であるトユンが反射的なる反論を起こしている。
「ウチの店をナめてもらったら困るよ。お客様の安全を守るための防護用魔術式はキチンと、都市の規定をクリアしたものを用意しているっての」
トユンは自陣側の不足を認めようとはしなかった。
事実、彼の言い分はおおよそ正しいとされるのであろう。
「そうなんですか?」
トユンの言い分に対して疑問を抱いているのはキンシの声であった。
「そのわりには、簡単に壊せましたけども」
「それは! キミたちの馬鹿力がいけないんでしょーが!!」
魔法使いの少女の疑問を、トユンは唾を飛ばす勢いで否定している。
「一体全体どこの誰が今日、いきなり現れた魔法使いさんに職場の壁を大破されるって予測できるっつうんだ、まったく……」
トユンは改めて信じがたいものを見るかのような視線を、主にキンシの方に向けている。
「壁を壊そうって提案したのは、僕じゃないんですけれども……」
罪の意識を要求されそうになっている。
状況に対して、キンシは頬を小さく膨らませて反論しようとしている。
キンシはじっとりとした視線をトゥーイの方に向けていた。
「ねえ? トゥーイさん」
「…………」
キンシに責任転嫁をされそうになった。
トゥーイの方は、しかして相も変わらず無表情のままで沈黙を保っているだけであった。
そうしているあいだにも、メイは魔術式を継続させていた。
「あとは、こまかいところを埋めあわせるだけね」
メイがそのようなことを言っている。
彼女の言う通り、壁はすでにあらかた修復し終えているようだった。
「よいしょっと」
メイが小さなかけ声をひとつ発している。
彼女の声に合わせて、残り少ない瓦礫のひとかけらが重力に逆らってふんわりと浮かび上がっている。
メイはそれを視界の中に、純白の魔法の針と紅色の糸を操作する。
針が瓦礫の内部を通過し、紅色の糸がほとんど修繕し終えている壁の残りわずかな空白へと滑りこまれていった。
しゅるん、と空気の音がする。
紅色の糸たちはメイの思惑の通りに、紅色をした魔力の糸によって空白を埋めあわせていた。
「さて、と。あらかたのくうはくは埋めることができたわね」
メイは満足感による呼吸をひとつ。
そして、視線を後方にいる魔法使いの内、一人の方に差し向けていた。




