この技はかわいい子にしか許されず、使えないのかな
ご覧になってくださり、ありがとうございます。
優先しなくてはならないことが山のように積み上がっていた。
「先生」
とりあえず、トゥーイは興奮冷めやらぬと言った様子のキンシに注意喚起をしている。
「要求、沈黙」
トゥーイの唇は閉じたままだった。
個人的都合により通常ないし、「普通」とされる言語を使用するのに制限がかかっている。
呪いの後遺症、欠落を埋め合わせる。
そのために備え付けられている、トゥーイの言語の補助をしているのは首元に巻き付けられている発声補助装置であった。
銀色の金属のような質感を持つ、犬の首輪のような魔術式。
それによって、トゥーイはどうにか単純な電子音としての言語をどうにかして取り繕っているのであった。
「あ、すみません……」
トゥーイからの注意を受けた、キンシは羽根のかけらを持ち上げたままの格好にて、その場で一時停止をしていた。
「すみません、メイお嬢さん。うるさかったですか?」
キンシが不安そうに聞いている。
だがメイはそれに答えようとはしなかった。
無視をしたかった訳では無い。
今はそんなイジワルをする気分でも無かった。
「……」
メイはとにもかくにも、自らの内に集中力を限界まで高めたがっていた。
羽根からさらに分割した硬い根元。
成人した人間の、人差し指の第二関節ほどの長さがある。
羽根の一部だったモノにメイはそっと唇を寄せている。
形の良い、充分に熟したラズベリーのような赤と瑞々しさをたたえている唇。
肉に触れ合せれば素晴らしい弾力と湿度を堪能することが出来るであろう。
食べてしまいたいほどに美しい唇から、ビルの隙間を抜ける雨風のように涼やかな吐息が吹きつけられていた。
「まだ魔力を籠めるのですね……」
行為の途中にて、キンシはようやくこれが魔術式の一部分であることを理解し始めていた。
「見た目は地味だけど、結構難しい魔術になるからね」
キンシがまともな関心を抱いているのに対し、モアが補足情報を音声ソフトのような発音の良さで加えている。
「しかしながら、理解力、魔術回路の潤滑さ、記録の再現度、どれをとっても逸脱ものの優秀さときた」
モアはあごの辺りに指を添えながら、メイの行為の速やかさに感心を抱いているらしかった。
「カハヅ・トウゲン博士の教育は、見ての通り一定値以上の効果を発揮したといえよう」
「カハヅ……か」
モアが語っている内容の左隣にて、キンシが聞き知った固有名詞のことを静かに考えている。
先ほどの興奮具合も遠き過去のように、キンシは脳内にて一人の少年の姿を思い出していた。
「うぇ」
少年の赤みがかった癖毛、琥珀色の瞳。
可能な限りならば思い出したくないものを、ついうっかり思い出してしまった。
キンシは不機嫌な飼い猫のような声を、唇の端から小さくこぼしている。
魔法使いの少女が気分を悪くしている。
それとは相対をなすかのように、メイの心の内はいよいよ魔術式を作動させる心意気に満ち満ちているようだった。
「さて、と」
高揚する気分とは裏腹に、メイは努めて冷静と平静を保った声音を使用している。
魔法の翼。
純白のシルクのように艶めく魔力の塊を、メイは本物の鳥のように体に密着させる形で閉じている。
その姿はまるで『白鳥の湖』、舞台上に舞うオデット姫のようだった。
羽根の先端がひらりひらりと空気のなかで非常にデリケートな震えを描いていた。
メイは足取り軽やかに、魔法の白い針を携えたままで左の指をつい、と前に差し向けている。
幼い肉体の、白色の羽毛を生やした彼女の指が指し示している。
少し伸び気味の鋭い爪の先端には、魔法使いたちによって破壊された喫茶店の壁、だったものが転がっている。
恐ろしき人喰い怪物との戦闘やら、その後の処理やらであれやこれやと、そのまま放置されていた破壊の残骸。
メイはひざまずき、瓦礫の一つをスッ……と軽々と持ち上げようとしている。
「あ……重たいので、僕が……──」
手伝いますよ、とキンシは言おうとした。
だが魔法少女が行動を起こすよりも先に、メイは自らの左の片手で軽々と瓦礫のひと塊を持ち上げてしまっていた。
「え、えええっ?!」
白色の魔女の予想だにしていなかった腕力に、キンシは瞳孔を黒々と丸く拡大させている。
「おお、魔術式の余分を使って、自らの腕力の不足分を補ったのか」
ただただ驚いているキンシの右隣にて、モアが感心らしきものをさらに深めていた。
「いわゆる所の、賢いワイフによる節約術、ってやつかな?」
「え、ナイフ? ど、どど……どういうことなんですか?」
分かりやすく聞き間違いをしているキンシ。
「ナイフじゃなくて、ワイフだよ」
魔法少女の過ちをモアは工場の流れ作業のように受け流していた。
「ひとくちに魔術の回路と言っても、その形状、伝達能力は個々の個体によってまさしく千差万別と言ったところでね。これといった定型を決定うすることさせ出来なくて」
「へ、へえ……」
色々と語っている。
モアの語り口を、しかしてキンシはすべて理解するほどの賢さを持ち合せてなどいなかった。




