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もしも願いひとつ叶うなら美しい君と一緒に眠りたい

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 キンシが懐から一枚の紙片を取り出している。

 ズボンのポケットにすっぽりと収まるサイズの紙片。


「それは?」


 トユンがキンシに問いかけている。

 怒りもそこそこに関心を示している彼に向けて、キンシは紙片に記された内容を彼によく見えるようにしている。


「どうぞ!」


 キンシが意気揚々とした表情で、取り出した紙のかけらをトユンへ手渡していた。


「あ、どうも?」


 魔法使いの少女の、栓を抜いた炭酸飲料のような勢いのよさ。

 吹き出さんばかりのそれらに、ついついトユンは()されそうになってしまっている。


「いきなり何を渡されたのだろうか?」


 トユンは努めて怒りの気配を保とうと努力しようとしている。

 感情をコントロールしながら、トユンの目がキンシから手渡されたばかりの紙片に記されている記述を読み取っている。


 …………。


 修理はおまかせ!

 格安、安心安全の作業効率!

 資材の損傷に関しては、ぜひとも「シマエ魔法使い事務所」をよろしく! よろしく! お願い致します!!!


 …………。


「なにこれ?」


 トユンがキンシの方を見ている。

 彼の、鹿の獣人族特有の横に長い、コインの投入口のような動向。

 暗い四角形に、いよいよ魔法使いの少女に対する猜疑心が深まり、やがては臨界点に達しようとしていた。


「なにって、もちろん」


 トユンに問いかけられた。

 キンシはなんてこともなさそうに、いつになく平坦とした様子で紙片の正体についてを語っている。


「僕が所属している魔法使いの事務所のパンフレットですよ!」


「……はあ」


 なんのことやら、どうしたものか。

 トユンがあからさまに戸惑っている。

 当然と言えるであろう彼の困惑。

 しかしながらそれらを置いてけぼりにしたまま、キンシはどこまでも自分勝手な都合だけを相手に押し付けていた。


「魔法使い事務所、僕がお世話になっているシマエさんたちが経営しておられる事務所でしてね、そこの社長令嬢さんと僕のお世話になっているナグ・オーギさんと言う方が、これがなかなか言い知れぬラブな関係に……──」


「ちょ、ちょちょちょい!! ストップ! 一旦ストップ!」


 なにやら土砂降りのような勢いにて、クソどうでも良いことを語り始めている。

 キンシの動作を、トユンは早急に押し留めなくてはならない必要性に駆られていた。


「それで、それで?! まさかとは思うけど、オレが、直接?! この事務所に依頼をしろって、そういう感じ?! え?!」


 トユンとしては最後の「え?!」の部分に、想像できる範囲以上のドスのようなものを演出したかった。

 

 だがそれは上手くはいかなかった。

 なにせトユンは善良なる灰笛(はいふえ)の一般市民なのである。

 限りなくアウトローな魔法使い共に対抗する手段などは、まことに残念なことに持ち合せてなどいなかった。


「まあまあ、そんな怒らないでくださいよ、トユンさん」


 喫茶店の店員である彼の言い分を、キンシはいたって真面目じみた様子でとりあえず聞き入れようとしていた。


「僕のところの事務所に連絡すれば? おそらくは? たぶん、壁を修復できる……僕とは別の魔法使いがそれなりの対応をしてくれるはずですから」


「……自分ではなおそうとは思わないんだね、あくまでも」


 悪びれない魔法使いの少女に、トユンはいよいよ呆れとも怒りともつかない曖昧な気持ちを胸の内に持て余している。


 さて、どうしたものかと。

 喫茶店の店員であり、この灰笛(はいふえ)の善良なる一般市民でもあるトユン。

 彼が、頭部に生えている鹿のツノのような器官の根元をコリコリ、と掻きながら困り果てている。


 すると。


「悩む必要はないよ、トユン君」


 悩める一般市民、「普通」の人間に救いの手を伸ばすモアの声が現れていた。


 声が聞こえた方に視線を向ける。

 するとそこにはモアと、彼女に右肩を抱きすくめるようにされているメイの姿を確認することが出来た。


「こちらのレディが、トユン君、君の抱えているお悩みを解決してくれるだろう!」


「え」


 驚きの声が発せられた。

 声の数は、少なくとも三人以上はその場に存在していた。


「どういうことなんです?」


 いの一番に追及の手を伸ばしているのはキンシの声であった。


 キンシに問いを向けられた、モアはすでにいくらかの事象を固し終えたかのような、そんな満足感のようなもののなかで受け答えをしている。


「どういうも、こういうもないよ、キンシ君」


 キンシに向けて語りかけるなかで、モアはたおやかでしなやかな両足をその場で屈折させている。


 モアはしゃがみこみ、メイと視線を合わせるようにしている。


「メイさん、あなたの使う魔法の羽根で、あの壁を全部なおすことが出来るんだ」


「私の羽根で? ほんとうに?」


 モアから教えられた内容を、メイはにわかに信じがたいもののように受け取るしかできないでいた。


「もちろん。しかしながらそれにはある程度の魔術式の準備が必要になるんだけどね」


 問題の解決のために用意するべきこと。

 それらを、モアは早急に用意する必要性に駆られていた。


「とはいうものの、情報(データ)の伝達も今じゃ簡単にできてしまえるんだけどね」

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