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安定しない社会見学

光はなくて、

 坂道を下り下りいざ港の近辺まで足を運んでみると、少年が期待していたよりも海の存在感は希薄になり、むしろ機会群の鉄臭い存在感によって本来の雄大さがだいぶ掻き消されている。

 そんな印象があった。


 それでもやはり、海そのものは遥か遠くの坂の上から眺めるよりも、こうして触れそうなほど間近で見たほうが───。


「あ、危ないですよ」


「え? うわあ!」


 近所の川に入水するような感覚で海に近づこうとしたルーフは、キンシの制止を理解するより先に足元の不安定に気付いて叫び声を上げる。


「崖?」


「ええそうです、崖です」


 落下寸前の恐怖によって肌を粟立てている彼の後方、安全地帯でキンシは何事もなさそうに淡々と説明をする。


「この辺りは埋め立て地ですので、本来の地形をなしていない構造になっていましてね」


 そう言いながらゴム長で地面をずるずると撫でる。


「あの坂を下りて平坦な道に入ってからすぐの、あの辺りはもともと海の上で、そこに人工的な地面を作っているんです」


「それにしては、ずいぶんたかい位置につくったのね」


 兄にすがり付きつつ、崖の下の海原を覗き込みながらメイが呟いた。


 彼女の感想にキンシはなんとも含みのある頷きを返す。


「そのおかげで、こちらとしてはだいぶ助かっていますけれどね…………」


 その言葉に兄妹は不思議そうな表所を浮かべ合う。


「崖があると、なんか良いことがあんのか」


「いえ、何でもありませんよ」


 魔法使いはここであえて何も言わないでおくことにする。


「さあ、ご案内したい場所というのはこの崖を真っ直ぐ、道なりに沿った場所にあるのです。行きましょう」


 なるべく兄妹と顔を合わせないように、キンシは海風吹きすさぶ崖横の道を進み始めた。


 兄妹もその後を、最早互いにないを言うでもなく黙って追いかけた。


 

 一行は波声港湾を歩く。

 彼らの周辺には人の気配はなく、崖の上でキリンのごとき長い首を持った巨大な機械が緩やかに作動される音、あるいは船着場で運搬物が管理の元移動させられる音、もしくは工場の排気口から奏でられる無色透明にろ過された排気ガス。


 何気ない日常の一部として人々が働く風景の音色。

 それ以外は潮騒と潮風の音しか聞こえない。


「なんだか、結構静かね」


 先ほどよりは若干、兄と距離をつくっていたメイが意外そうに感想を呟く。


「工業地域だというから、もっとトッテンカーン! ってかんじの騒音にまみれていそうなのだけれど」


 彼女の言葉にいの一番反応を示したのはトゥーイで、


「あなたの感想にはもっともな音色があり、パイ菓子は甘く父母はそれに焦がれて石は音色ごとそれを丸呑みに───」


 例によってまるで意思の疎通が取れそうにない言葉の羅列しか彼は話すことができない。


 なので、


「えーっとですね、騒音を吸収してくれる魔法のおかげなんです」


 青年の相方である魔法使いが急いで補足説明をする。


「アルコノルン集合体………。まあ、魔法の石を加工して、それをそこいら十二敷き詰めて防音をしているって感じで。だから普通の工場よりも静穏さ保つことが出来ているんですよ」


 何の予備知識も持ち合わせず、次々と一方的に繰り出される興味深い単語の群れ群れ。


 だがルーフにはそれ以上に気になったことがあった。


「お前ってさあ、一向に口調が安定しないよな」


「え?」


 キンシがルーフのことをぽかんと眺める。

 言われたことの意味が理解できていないようだった。


「何ですか?」


「いや」


 まあ、でも………、だからどうしたというのだ。


 ルーフは自分の方こそ少し気まずくなり、慌てて論点を変更しようとする。


「なんでもねえ、お前の話し方は気持ち悪いって事だ。それだけだ」


「いい? いきなり平気な顔で酷いことを言われたような………」


「お兄さま!」


 妹がいよいよ信じられないという風に、兄へ軽蔑の視線を送る。


「ああ、いいんですメイさん。無能仮面君の言うことももっともですから」


 キンシは割とすぐに少年の言葉から立ち直り、


「………。

 やっぱりどうしても、これからも僕は……」


 誰に聞こえるでもなく、独り言を潮騒に溶かした。


 

 どうしても気まずさを払拭できない奇妙なご一行。


 相変わらず歩を休めようとしない彼らの周り、つまりは波声港湾はやがて機械の音も工場の喧騒も遠く離れ、いよいよ彼ら以外の人間すらいない状況まで変化していた。



 歩くたびにその高度を増す崖を見やりながら、ついにルーフが疲労を含めた訴えを起こし始めた。


「なあ、まだ………」


 だが彼は自分の言葉を飲み込む。


 視界にあるものを捕らえたのだ。


「さあ」


 キンシが大きく息を吐いて、満足そうに兄弟のほうを振り向く。


「さあさあ、やっとつきましたよお二方。いやあ、すぐに見つかって良かったですねえ」


「あ、ああ………?」


 ルーフは魔法使いの満足げな表情を出来るだけ見ようとせずに、その体の向こう側にある建物らしき物体をじっと眺める。 


「とりあえず」


 キンシはそこで始めて彼らの姿かたちを全体的にじろじろと見やり、


「あのお店でちょっとばかし体を綺麗にしてもらいましょう。僕んちのお風呂は狭いので」


 そして魔法使いはゆっくりと手をかざし、


「ちょっとあそこで休憩しない?」


 およそ建物とは、無論店舗などとは思い難い奇妙な物体を背後に、いかにもなんともドラマっぽい作り物のポージングを兄弟の前で行った。

日が暮れました。

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