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僕は蜃気楼、疲れてもそれしかないんだ

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 速記術において、キンシは次々と新しい「リンゴ」を記し続けている。


「すうぅぅぅ、はあぁぁぁ、すうぅぅぅ、はあぁぁぁ」


 呼吸を繰り返しながら、キンシは単純な直線のような文字を虚空の中に刻みつけていく。

 記し終えた先から、次々と新しいリンゴ……のような形に収められた魔力の塊が産み落とされていった。


「あらあら、拾いあつめるのがタイヘンよ」


 集中しているキンシの近くにて、メイが少し慌てた様子で「リンゴ」のような宝石たちをひろい集めている。


「キンシちゃん、ちょっとまって、まだ早いわ」

 

 メイが魔法使いの少女を抑えるための言葉を唇に一言(いちごん)している。

 白色のふーかふーかとした羽毛が困惑にふっくらと膨れ上がっている。


 その様子を見た、シイニが申し訳なさそう声音を使っていた。


「ああ、嗚呼、申し訳ない。手前に自由に使える腕さえあれば、リンゴの一つや二つ、お嬢様に拾って差しあげたというのに」


 そういうシイニの身体からは、先ほどの巨大な筋肉の塊はすっかり消失してしまっていた。


「残念ながら手前はこの様に、魔力切れでヘロヘロのヘロインなんだよねえ」


 シイニが自分の状態についてを主張している。

 それを聞いた、魔法使いたちはそれぞれに色々な反応を示していた。


「ええ、それについてはもう、見ただけでじゅうぶんに分かっているわ」


 メイは小さく諦めている。

 そして、そんな彼女の左隣にて、トゥーイが彼女のことを手伝おうとしていた。


「…………」


 トゥーイがしゃがみこむ。

 魔法使いの青年が身に着けている、和服に類似した裾が足の動きに合わせて柔らかくめくれあがっている。


 裾から覗く(すね)の当たりは、体にピッタリと密着する素材で覆われている。


「…………?」


 視線を感じた、トゥーイはメイの方を少し不思議そうに見返している。

 

「……!」


 視線が交わされた。

 メイは心の内であわあわと慌てて、とっさに目をそらしてしまっている。


 その動作そのものが挙動不審の証であること。

 そのこと自体、メイには分かりきっていることだった。


 幼い肉体の、白色の羽毛を生やした魔女が怪しい動作におちいってしまっている。


 彼女の様子もそこそこに、トゥーイはそれよりもと、作成され続けている「リンゴ」の回収にいそいそと(いそ)しんでいた。


「次は赤、その次は黄色、あとは青色!」


 キンシがかけ声のようなものを口から発している。

 最初の挙動の不慣れ具合を払拭し終えた。

 キンシは速記術にさらなるスピードを付け加えようとしている、その最中(さいちゅう)であった。


 次々と記し出される、かなり簡略化された「リンゴ」の文字たち。

 文字列の勢いは留まることを知らず、キンシはちょっとしたハイな気分へと上昇しようとしていた。


 キンシの持つ、巨大な銀色の万年筆が書いた文字たち。 

 それらのあとを追いかけるように、メイが一生懸命にリンゴをひろいあつめようとしている。


「ああ、もう両手がいっぱいいっぱいになっちゃいそう」


 メイが行為のなかで抱いた不安についてを、形の良い唇に呟いている。

 

 サクランボのようにぷっくりとした、水分をたっぷりと含んだ唇から発せられる言葉。

 

「オレも手伝うよ」


 それを聞き取った、トユンがなめらかな動作でメイの作業に介入をしてきていた。


「しかしながら、こんなにも一気にたくさんの魔力鉱物を見るのは、オレ……初めてかもしれないなあ」

 

 トユンが単純な感動らしきものを抱いている。

 そのすぐ近く、彼の左側にてトゥーイがリンゴの一個に視線を集中させている。


「…………」


 ジッと見つめる。

 林檎は青色を有している。

 青玉(サファイア)のように青く透き通っている輝き。

 ひと塊は、トゥーイの指の間にたっぷりとした重さを主張している。


 タププン。

 左に小さく傾ければ、中身に内包している魔力が「水」のように揺れ動く。


 タププン。

 右にわずかに動かせば、青色は表面を包み込み、中身はあくまでも透明な要素でしかないという事が観察できた。


 たっぷりの「水」、魔力を含んだリンゴ型の宝石たち。


「…………ごくり」


 甘酸っぱい、豊潤なる香りがトゥーイの犬のように敏感な鼻腔を蠱惑的(こわくてき)に誘惑する。

 誘惑に負けそうになる。


「…………ッ」


 トゥーイは誘惑に負けないように、努めてリンゴ型の魔力鉱物の姿を観察することにした。


 ジッと見つめる。

 そうしている間にも、リンゴ型魔力鉱物はその姿から甘い香りをさらにムンムンと立ち昇らせている。


 誘惑に負けた。


 たくさんあるリンゴ型の魔力鉱物。

  

 それらの内の一つ。

 それを凝視していた、トゥーがおもむろに青色のリンゴ型魔力鉱物に歯を突き立てていた。


 前歯の鋭さで魔力鉱物の、まるで本物のリンゴのように柔らかく芳醇な表面を(かじ)っている


「…………もぐもぐ」

 

 瞬間、トゥーイの口の中いっぱいに大量の果汁、にとてもよく類似した魔力の要素が広がる。

 味はまさに、キンシが文字に記したとおりの「リンゴ」の味がした。

 それはとてもおいしいリンゴだった。

 完全に熟したタイミングを見事に見計らったかのような、味は美しさを感じさせるほどの感動をトゥーイにもたらしている。

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