反転バグをろくに訂正しようともしない生意気な世界はどうですか?
ご覧になってくださり、ありがとうございます。
「どうぞどうぞ、お好きなようにしてくれればいいんじゃないかな」
どうにも、こうにも、モアは動揺を隠しきれないようだった。
珍しく、非常に珍しく感情を揺れ動かしている。
そんなモアに対して、キンシはより一層怪訝さを覚えずにはいられないでいた。
「どうしたっていうんですモアさん、貴女らしくないですよ?」
いつだって、いかなる時であったって、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)とした態度を崩さないでいる。
そのはずのモアが、どうしていきなりこんなにも平静な感覚を失ってしまっているのだろうか?
キンシは不思議で仕方がなかった。
「もしかして「オーデュボン」の……僕の槍の刻印がそんなに気になるんですか?」
現状にて考え得る、可能性をキンシは口にしてみた。
「おお! なんという事だ!」
キンシの言葉を確かに受け取った、モアが瞳の中に輝きを主張させている。
「キンシ君、君は一体いつのまに読心術を学んだんだい?」
どうやらそれが、モアなりのはぐらかしであること。
そのことにキンシが気付く頃には、モアは両の指をキンシの頬へとあてがっている。
「も、モアさん……?」
いきなりのスキンシップ。
しかしながら、すでにキンシは古城の主である彼女のこの行為について、いくらかの順応を果たしつつあるのであった。
「また僕を触って、なにか気になることでも……──」
キンシが質問文を全て言い終えようとする。
だがそれよりも先に、モアは魔法使いの少女の顔面、その左半分に指を這わせていた。
「義眼から、下に伸びる呪いの火傷痕……」
まるで自らの精神世界を調整するかのように、モアは指の中にキンシの肉を確かめている。
モアの青い瞳が見つめている、そこではキンシの火傷痕が確認することができていた。
丸と流線を単純に組み合わせた、ヒマな大人が片目を閉じて落書きしたかのような痕。
魔力は、いまは流れていない。
沈殿した要素が、まるで本物の刺青のように黒色を彩っている。
それはあまり美しいものではなかった。
少なくとも、かつてはこの世界に生きていた恐ろしき人喰い怪物のウロコ、虹色に輝くそれらよりかは圧倒的に見劣りするものだった。
「何を言わずとも、あたしはキンシ君、君にとても……とっても興味があるんだよ」
モアはそのようなことを言いながら、キンシの左頬を刻む火傷の痕をじっくり、丁寧に撫で続けている。
触っている。
そうしていると、キンシの火傷痕はまるで本物の損傷のように見えなくもない。
プニプニとしている、ケロイドに酷似した柔らかさがモアの指先に伝えられていた。
「こんなにも深度のある呪いを受けながら、どうしてこんなにも理性を保てているのか。これは、この事態はかなりの異常であるという事を理解した方がいいと思うね」
「そ、そう言われましても……」
どう反応すれば良いのだろうか?
どれが正解だというのだろうか、キンシは答えを見つけられないでいる。
戸惑っているキンシをよそに、モアは魔法使いの少女の左頬を撫でる指を下に、下に降ろしていっている。
「キミの魔力が最も強まるのは、左半身からみて眼球と左腕の当たりであるらしいね」
モアはキンシに対する簡単な説明をしている。
その白く細い指は、キンシの剥き出しの左手へと伸ばされようとしていた。
「あ……いけません!」
触れようとしているモアの指をキンシが振り払う。
握りしめようとした、なめらかな表面と湿った肉は、今度は距離をとることになった。
「危ないですよ、モアさん。これから魔法を使うのですから、下手に触ってはならないのです」
表面上はあくまでもモアのことを気遣う素振りを見せている。
だがその実は、キンシにしてみればこれ以上古城の主である彼女に、自らの魔法を邪魔されたくなかったのであった。
「さて、文字を書きますか」
キンシがそう呟く。
それは何かしらの比喩表現であったり、行為を抽象的に言い表した慣用句のようなもの、という訳では無さそうであった。
キンシはそのままの意味で、空間の中に文字を書き起こそうとしていた。
銀色の槍、それと同時に巨大な万年筆のような形状を持つ魔法の武器。
ペン体にあたる部分を上に、表面の刻印に雨の雫が垂らし込まれていく。
モアが注目をした部分。
何かしらの意味を読み取った、そこはしかしてキンシにしてみれば意味不明な模様でしかなかった。
そして、意味合いとしては意味不明なままでよかった。
少なくとも、今のところは。
「すうぅぅぅーーーはあぁぁぁーーー」
モアのようにスマートに、格好よく魔法を使うことはキンシには無理だった。
泥臭く、惨めにささやかな魔法を使うことしかできない。
大きな万年筆のペン先に、キンシと死んでしまった怪物の魔力が凝縮される。
光が瞬いたような気がした、それは虹色に輝いていた。
怪物の魔力、それらをキンシは文字に起こしている。
記された文字、それは一つの意味あいを有していた。
「りーりいーん、りーん……──」
最初の一文字を、キンシは虚空の中に記しだしていた。




