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フィクションもノンフィクションも?

湿り気はあるのに、

「今しがた金師帝国は御伽話だという意味のことを述べましたが、しかしその国家が存在していたことは完全なるフィクションではありません」


「と、言うと?」


 ルーフは妹の手をやんわりと振り払い、胸部の前で腕を組みつつキンシの言葉の続きを待つ。


「金師帝国と、それに類する国家体制および文化等々が記されてある文献は実際に、ノンフィクションとして現実に存在と確認がされています。ただし───」


 キンシは説明の途中で視線をルーフの体に向けたままの格好で、ここではない何処かに意識をはせる。


「それらの発掘された資料は全てが、どう少なく見積もったとしても二百年の月日が流れていると、現時点においては断定的に推測されていまして」


「ようするに、だ」


 ルーフはなぜか自分から投げやりな気持ちに陥りつつ、キンシの解説を強引に締めくくろうとする。


「結局は昔々の話、この時代から考えてみれば限りなくおとぎ話みたいなモンで、俺の勘違いが」


「いえいえいえ、イエーイ!」


 少年の主張をすぐさま否定したくて、しかし魔法使いは勢いのままになぞの掛け声を口にしてしまう。


「イエーイ? 僕は何でこんなことを」


「いや、それこそ知らねーし」


 若干、いやかなり、白々しく白けた白い目を自分に向けてくる少年に、魔法使いは一度深呼吸をして平静さを装いつつ、本来言おうとしていた言葉をゆっくりと繰り出す。


「えっと何が言いたかったんだっけ………? あーっと、仮面君、僕は君が勘違いしてはいないということを主張したいのです」


「お、おう………」


 またしても文法に乱れが発生し始めた相手に対し、ルーフは一抹の不安を覚えながらもじっと相手の様子を窺うことに努める。


「つまりですね、過去にあったことは決して未来とは無関係ではなく、それは同じ時間軸にあった可能性のひとつと結果でしかなく、ですからそう考えるとフィクションもノンフィクションとの差異なんてものは曖昧でしかなく。そこにあるのは人間によって編み出され続ける物語が」


「あー、あー! わかった、わかったから。お前が言いたいことはなんとなくわかったから」


 すでに暴走の様子を確認しているルーフは、それが起こるよりも先にキンシの感情を抑制しようとする。


「そんなことより、早いとこあのポートエリアに行こうぜ」


 彼からの要求はもっともであった、キンシは今度こそ冷たい酸素を気管に満たして次の行動に移る。


「そうですね仮面君、あなたの言うとおりです。早く僕の家に行く………」


「ああそうだ」


 なぜ港に家があるのか、あんな工業地帯に民家なんてものはなさそうだし、もしかしてこいつの言う家ってのは船の形をして海に浮かんでいるのだろうか?


 等々の疑問点を解決へと導くことなく、いつまでもうだうだと不安ばかり募らせたって無意味だ。


 そう自分自身に納得を与え、諦めようとした。


 その所で、


「それよりも前に!」


 今度はキンシがルーフに向けて「待て」のポーズを作ってきた。


「あ、え、ああ?」


 早速と言わんばかりに登ってきた坂道を下ろうとしていたルーフは、予想していなかった形で出鼻をくじかれまたしても心に苛立ちを灯らせる。


「なんだよ、まだなんか言いたいことあんのか?」


 じっとりとしたため息混じりに、手をかざしたままの姿勢で一時停止している魔法使いのことを睨み付ける。


 だが今度の魔法使いはまったく、少年の視線におびえる様子もなく淡々と用事を伝える。


「僕の家に行く前に………。と、言うよりは、波声港湾の「内部」に行くより先に、ぜひともお二方に足を運んでいただきたい場所があるのです」


「内部?」


 言葉の選択に違和感を抱いたメイがキンシの言葉を反響させる。


「ええそうですメイさん、内部です。いえ、この場合は内側と形容したほうが正しいのでしょうか」


 キンシは自分で自分の言葉にうまく納得がいかないようで、語尾に疑問系の雰囲気を漂わせてしまう。


「なんだよ、連れて行きたい所ってのは」


 ぼんやりと考え事をしているキンシとは対照的に、ルーフの瞳には一気に疑惑の炎が燃え上がる。


「まさか、お前………」


 決して良い感情をもって牙をむこうとした彼を、


「お兄さま」


 彼の妹がそっと、静かにたしなめようとする。


「ここまできてキンシさんが、あの人がそんなことをすると思う?」


 メイは爪の伸びた人差し指を唇に添えながら、ひそやかな声で優しく彼に意見を求める。


「…………」


 ルーフは妹の意見を無言で飲み込む。

 彼としては彼女の意見に賛成できる、出来るのだが………。


 しかし、そうは言うものの、だ。


「さーあ、これこそイエーイ! ですよそうですよ、そういうことにしましょう」


 どうしようもなく不安を掻き立てる魔法使いの空元気に、少年は疑いこそ抱かなくともムカデのように蠢く不安を抱かずにはいられない。


「そういうことです! お二方、一刻も早く波声港湾へと向かいましょう」


 キンシという名の魔法使いは真っ直ぐ、金属で造られた機械の群れが巣食う港へと坂道を下る。

 ミッタを抱えたトゥーイもその後に続く。


 兄弟たちはどうすることも出来ず、何かをする計画などもなく、遥か彼方の水平線目掛けて二人、とぼとぼと坂道を下った。

 

落ちてくるのは水だけです。

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