あやしい集団のお出まし、お出ましだよ
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メイはシイニに事情を話そうとした。
「えっと……──」
しかし寸前のところで口の動きを止めている。
桃花色の小さな木の実のようにぷっくりとした、可愛らしい唇が中途半端な形のままで動きを止めている。
語るべきか?
メイは、カハヅ・メイという名前を持つ、幼い肉体の魔女が迷いを抱いている。
「話したくないのなら、今は話さなくてもいいよ、メイさん」
白色の羽毛に包まれている魔女の様子を見た、シイニが思いやりをひとつ、彼女に向けてみせている。
外見の上では子供用の小さな自転車にしか見えない、シイニに気を遣われたメイは妙な気分になるのを覚えている。
無機物、にしか見えない男性に気遣いを向けられた。
こういうとき、大人の魔女はどのような対応をすべきなのだろうか?
メイは自らの記憶を参考もとに、保有している知識から答えを導きだそうとした。
「……」
しかしながら、どうにも上手く出来そうになかった。
カハヅ・トウゲン博士、すなわちメイにとっての祖父の関係性にあたる彼からは、このような状況に対応するための知識を得られなかったのだ。
それは、それとして。
「め、めめ、めめめ、メイお嬢さあーん!」
メイが答えを見つけられないでいると、彼女の白い羽毛の先端を揺らす魔法使いの少女の声が響いてきていた。
「なあに、どうしたのキンシちゃん」
思考の検索を中断させられた。
少しの不快感の中に、メイはそれよりも多くの安心感を覚えている。
不安定な記憶、思い出すのが比較的苦痛なことから、瞬間的にでも離れることができる。
頭皮の願望に突き動かされる形状として、メイは魔法使いの少女、キンシの声が響いてきていた方角に肉体を動かしている。
メイの椿の花弁のような色をした瞳が見やる先。
そこではキンシが怪物の死体、その頭部だったモノのあたりを重たそうに抱え込んでいるのが確認できた。
「損傷した肉のかけらを収集しなおさなくてはなりませんよ」
キンシは怪物の擬似的な頭部があった部分を腕の中に、目下取りかかり、達成すべき用事を言葉の上に用意している。
キンシの剥き出しの両手が支えている。
怪物の擬似的な頭部は、メイの策略によって内部破裂を来たしていた。
いまは雑な残骸だけが首の部分、そして胴体と繋がり合っている。
ただでさえ規格外レベルに大きい怪物を、それらよりもさらに大きく狂暴な巨人が頭部の辺りをもぎ取っていってしまったかのような。
残骸はそんな悲惨さを含んでいる。
「しかしながら、本当に肉体の方にはほとんど魔力が残されておりませんねえ」
キンシがあらためて不思議そうにしている。
魔法使いの少女がそう表現しているとおり、その怪物の死体には本来あるべき魔力の気配がほとんど残されていなかった。
「いえ、いえいえ、それでも、それだとしても、充分に食欲を刺激する魅力を持ったモノではありますが……」
キンシはそう補足を入れている。
唇を少しでも、一ミリでも開けてしまえば、その端から透明でサラサラとしたよだれが雫をなしてこぼれ落ちようとしている。
キンシが慌てて唇を固く、硬く引き結ばなくてはならない、その必要性に駆られている。
その左隣にて、トゥーイの方も作りたてホヤホヤの怪物の死体に視線を落としている。
「…………」
アメジストのような色を持つ瞳に映し出す、怪物の死肉にはほとんど花虫……極小の怪物たちは寄りついていなかった。
現実ないし科学的根拠に基づく存在、「普通」の蠅のように死肉に群がる習性をもつ。
花虫は確かに、肉体そのものがある場所には殆ど寄り付いていなかった。
その代わりと言わんばかりに。
「 ぷうううん ぷうううん ぷうううん 」
花虫たちはキンシの作成した魔力の腕、「水」でこしらえた透明な腕のほうへと、大量に群がっていた。
「ふひひひひひ、ふひひ、なんだかくすぐったいですね……」
キンシが嬉しそうに、少し恥じらいを覚えるように、血色の悪い頬へ血液の紅色を差している。
「こうも花虫さんたちが群がってくると、なんだかまるで、僕のこしらえた魔法がとても、とてつもなくすんばらしいものであると、そう勘違いしそうになります」
一時的な快楽にすぎない喜び、承認欲求の充足を感じている。
「あんしんしなさいキンシちゃん、まちがいなくちゃんと、ただの勘違いよ」
キンシに冷水のような言葉を投げかけているのは、少女の右隣にたたずむメイの鈴の音のように軽やかな否定文であった。
「やっぱり、キンシちゃんの予測のとおり、怪物さんの魔力はウロコのほうにだけ集中していたみたいね」
打ち消した言葉の上に、メイは易々と次の情報を買い物袋をあつかうかのように詰め込んでいる。
「これも、集団のしわざ、ってことになるのかしら? ねえ、モアさん」
メイがモアに質問をしている。
幼い、白い羽毛を持った彼女が問いかけてきた。
その動作が、どうにもモアにとってはいくばかりか意外なものであったらしい。
「ほう……?」
モアは少し、ほんの少しの間だけ、相槌とも独り言ともとれる曖昧な音だけを唇の先に許していた。




