君は深い深い深い青色と藍色の玉たち
ご覧になってくださり、ありがとうございます。
ぺろんぺろん、ぺろんぺろん。
キンシが舌なめずりをしている。
ぐうう、ぐうう。
キンシの腹部が唸るように鳴る。
肉の少ない未発達な腹が、その内側に潜む消化器官が食欲に基づいた活動をしている。
ごくごく単純な、生理的な反応。
魔法使いの少女の反応を聴覚器官に聞いた、モアが微笑みのなかに愉快さを滲出させている。
「お腹が空いたのかい? キンシ君」
「べ、べべ、べつに……そのようなことは、ございます……っ!」
言いかけた、というよりかはほぼ完全に言い終えてしまっている。
「じゃなくて! そうじゃなくて! ございませんよ? 決してそのようなことはっ」
文法が崩れてしまっている。
だが、いまのキンシにはそれを考慮する余裕さえもあまり残されていないようだった。
「でもお腹が、すごくなって、すごく鳴っているよ」
モアがちょっとした言葉遊びをしている。
だがキンシの方はそれに気付くことも無いままに、取り急ぎ自らの欲求を誤魔化そうとしている。
「これは、その……あれですよ、お腹が痛くて、下してしまっている音なんですよ!」
「き、キンシちゃん?!」
メイがあわてたように、白く細い指を赤い唇の上におおいかぶせている。
「なにをいきなり、そんなシモのお話しなんてしているの! おやめなさい、お下品な」
メイが魔女として、女性として、うら若き乙女としての広く一般的な強迫観念を教えている。
しかしながらキンシの方は現状、魔女の注意に意識を向けることができないでいた。
「ええと、えーっと……ですから、ぼぼ、ぼ、僕は……っ?!」
一体全体、自分が何を言いたいのか。
それさえもうまく、正しく把握できないでいる。
「いきなり、どうしたのかしら? あんなに動揺するキンシちゃんなんて……──」
メイはほんのすこしだけ記憶を探ろうとした。
だが考えをめぐらせるまでもなく、幼い肉体の魔女はすぐに答えを導き出している。
「──……。うん、そんなにめずらしいことでも無いわね」
メイが魔法使いの少女に対して、突き放すような言葉を投げかけている。
「キホンてきにキンシちゃんは、うん、いつもなにかしらに驚いて、たのしんで、勝手に落ちこんだりしているわね」
「そ、そんな、メイお嬢さん……」
メイからの評価に対して、キンシは少なからず心を傷つけてしまっているようだった
「あなた、僕のことをそんな、アッパラパーのあじゃぱーだと思っていたんですね……」
幼い魔女の言葉は、子猫のような魔法使いの少女にダメージをもたらした。
しかしながらメイの方は、キンシの暗い表情を意図的に無視することにしていた。
「でも、お腹が空いたことぐらい、べつになにも恥ずかしいことじゃないのに」
キンシの動揺っぷりに対して、メイが不思議そうな感想を抱いている。
幼い魔女の疑問に答えを返しているのはシイニの声であった。
「おいおい、何をおっしゃるのやら、この可愛い魔女さんは。
この世界において、怪物に食欲を抱くのはとても恥ずかしいことらしいんだよ?」
若干疑問形になっているのは、シイニ自身にもこのひとつの意見に上手く実感を結び付けられていないからであるらしかった。
「あら、どうしてなのかしら?」
しかして、メイはシイニに対して容赦なく追及の手を伸ばしている。
幼い魔女の問いかけによる透明な腕が、シイニの目に見ることの出来ない思考体系をゆるやかに圧迫している。
「簡単な話を言えば、やはり、人を喰らった肉体を食べることにタブーを感じるそうだよ」
「ふうん、そんなこと」
シイニから開示された理由は、少なくともメイにとってはさしたる重要性を持たないようだった。
「お腹が空いたら、なんでもいっしょなのにね」
「その考え方自体が、この世界の常識に染まりまくっているんだと思わないかい?」
メイは一瞬シイニに問いかけられたものだと思った。
だがそれは違った。
魔女に質問文を送っているのは、モアの涼やかなる声音であった。
「聞くところによれば、メイさんはトウゲン博士にこの世界の常識をインプットされたとか、されないとか」
モアがメイのことを語っている。
「どうして、おじい様のお名前を……?」
メイは首をかしげそうになった。
だがそれよりも前に、メイはモアに対する情報をスピーディーに検索しおえていた。
「ああ、そうだったわね。モア、あなたたちは私たちのことをすでに調べおえているんだったわね」
いつの日だったか。
モアともう一人、黒猫のような魔法使いがメイと、その兄であるルーフを拉致した。
「あの時は、急ぎ情報を集めるのに、古城の方でもてんやわんやだったなあ」
モアが過去のことを早くも懐かしむようにしている。
「そんな、感傷にひたれるほど昔のおはなしでもないでしょう?」
メイはモアに小さく疑問の言葉を投げかけている。
その実、メイは言葉の裏腹にて、モアに対する恨みやらつらみやらを再上映させようとしていた。
「おやおや、おや? 何が起きたのかな? 手前にも教えてほしいところだよ」
彼女たちのやり取りを聞いて、見ていたシイニが関心を示している。




