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見てごらん、カワイイ恋人がすねているよ

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 その話題は、おそらくだが、少女たちの間に限定した空間、領域、区域において重大なる意味合いを有しているようだった。


「敵性生物に対する調査研究、その実態についてはまだまだなにも分かっていないことばかり、なんだよ」


 モアはキンシに向けて、そう語っている。


「そもそも、彼らがこの世界に出現するようになった起源、始まり、源さえも、この場合の現実には何一つとして確固たる証明が為されていないんだよ」


「と、いいますと……」


 モアが語る内容にキンシは耳を、子猫のような聴覚器官をかたむけている。


「つまりは、僕たちは怪物のことをまだ……まだまだ、なにも理解していないということになるのでしょうか?」


「そうそう、まあ、そんな感じだよ」


 キンシが返事をしているのを聞きながら、モアは右手にある飛行用の魔術機構を軽く操作している。


 下降する、モアの明るい金髪がフワリ、と毛先を持ち上げる。

 夏の気候に熱く揺れるヒマワリの花弁のように、モアの金髪は風に柔らかくなびいていた。


「あ、待ってください……」


 下に、地面の上に帰ろうとする。


 モアの姿を追いかけようとして、キンシの左肩をトゥーイの指が呼び止めていた。


「先生」


「ああ、トゥーイさん」


 トゥーイは首元に巻き付けてある、首輪のような発声補助装置を操作している。

 金属質の首輪のような装置から発せられた、短い電子音の中にキンシは青年の意向を速やかに読み取っている。


「降りたいんですね。分かりました、僕につかまってください」


 自力で降りれない訳では無かった。

 だがそれでも、トゥーイはキンシに頼ることに抵抗を覚えてはいなかった。


「ほら、おいで。抱きしめてあげちゃいます」


「…………」


 魔法使いの少女の許可を得た。

 少女と同じ魔法使いである青年は、異空間に刺しこんでいた鎖の端を解除している。


 じゃらじゃら、じゃらん。

 金属の連なりに張り巡らされていた緊張が解かれている。


 異世界の空間と繋がり合うことで体を支えていた、トゥーイの肉体が元々の重力を取り戻している。


 落ちるように、小さな胸の中に降り立って来る。

 キンシがトゥーイの体を抱きしめていた。


「よいしょっと」


「…………」


 抱き留められた。

 キンシの体が重さに反応して、魔力によって得た浮力にひとつのブレを生じさせている。


 空を飛びながら抱き合っている。

 二人の男女の影が、雨雲にかすむ日の光のなかで、姿形や大きさの異なる影をひとつにまとめている。


 抱きしめてあげる、とキンシは表現していた。


「…………」


 だがその実は、トゥーイの長身がキンシの小さくほそっこい体をすっぽりと覆い被さるようにしていた。


「おやおや、恋人同士、仲がよろしいことで」


 モアが茶化すように、(はや)したてるようにしている。


 表面上はおどけるようにしている。

 だがモアの瞳には、二人の魔法使いの関係性に対する強い関心、好奇心と思わしき気配がたっぷりとこめられていた。


「こ、こここ、恋人だなんて……!」


 モアの言語表現にキンシが動揺をしている。

 

 心理的状況を動揺させていると、キンシが操作していた「水」の腕がぷるる、ぷるると震えていた。


「…………!」


 トゥーイが狼狽(うろた)えている。

 キンシを抱きしめる腕に力を急速に強く込めている。


「ちょ……?! 痛たたたたっ! 痛いですって、トゥーイさん」


 ぎりぎりと締め付けてくるトゥーイの腕に、キンシは激し目の拒絶感を露わにしている。

 

 それは生理的なもの、継続するものというわけでは無いようだった。


「分かってますよ、ちゃんと怪物さんの死体を地面の上に降ろしますから」


 そこまで説明した。


「…………」


 それを聞いたトゥーイは、とりあえずのところ安心をひとつ確保していた。


 だがすぐに眉あいに深めのしわを寄せている。


「おや? 恋人が不機嫌そうにしているよ、キンシ君」


 飛行用魔術機構を右の片手に、モアが微笑みのなかで指摘をしている。


「ええ? どうしたんですか? トゥーイさん」

 

 キンシがトゥーイに問いかける。


「…………」


 だがトゥーイの方は大人げなく、さながらすねたクソガキのように無言の状態を貫こうとしている。


「もう、なにも言わないなら、僕だってなにも分かりませんよ?」


 キンシが幼い子供に言い聞かせるように、不満を口にしている。


「これからも、戦いが終わったとしても、まだまだやることはたくさん残されているというのに……」


「とりあえず無視でいいだろう」


 モアが魔法使いたちの関係性に依存した、期待した展開を提案している。


「そうしますか」


 キンシはモアからの提案を受け入れていた。


「とにもかくにも、まずもって怪物の死体を安全な場所に移動、安置させなくてはなりませんね」


 キンシが左手に槍をかざしている。


 魔力を集めた「水」の腕が、しゅるしゅると怪物の重たい死体を地面にそっと降ろしていた。


 それに合わせてトゥーイの鎖も緊張と緊縛をほぼ完全に解いている。


「さて、収穫をおこないますか」


 キンシが地面に、濡れたアスファルトの上に両の足を降ろしている。

 そして舌なめずりをした。

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