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おにぎりの具を決める勢いにて死に急ごう

ご覧になってくださり、ありがとうございます。

 ザプン……!

 ……バシャバシャ!


 液体が動く、音が周辺の人間たちのそれぞれの聴覚器官へと届けられていた。


「あ、落ちちゃうわ」


 メイが側頭部に生えている椿の花のような形をした聴覚器官を反応させている。


 彼女が見上げている先にて、怪物の肉体が魔力でこしらえた人口の檻からこぼれ落ちていくのを確認することができた。


 すでにほとんど死に向かっている。

 怪物の肉体はいま、この瞬間にて巨大な落石と同様の新たなる危険性を孕もうとしていた。


「あぶない!」


 メイが悲鳴にちかしい注意喚起を行っている。

 

 幼い肉体の魔女の言葉に敏感に反応する、魔法使いたちが早速行動を起こしていた。


「逃がしません! 逃がすものですか!」


 キンシが槍の先端、穂先に意識を集中させる。

 

 体内、血液の中に含まれている魔力を作動させる。

 呪いを受けた左腕、包帯に包まれた火傷痕、魔法使いとしての証がほのかに光を帯びる。

 

 翡翠(ヒスイ)のような緑色を持つ、光はナナキ・キンシの魔力の証そのものであった。


 魔力の気配を放つ。

 キンシは銀色の槍にて、作成した魔力の檻を操作している。


 ほぼ完全なる球体を為していた、魔力は「水」のように柔らかく自由にその形状を変化させている。


 三本の腕が「水」の檻から、ニョキニョキと伸びてきていた。

 まるでキノコの成長をハイクオリティの画質で早送りしたかのような、なめらかさは一種の不気味さを覚えさせるものであった。


 太い腕は透明さの中に、怪物の肉体をすっぽりと抱え込んでいる。

 球体を描いていた「水」の塊は、キンシの魔力によって三本の巨大なミミズに似た腕へと変化させられていた。


 三本の巨大な透明の腕に抱えられている。

 怪物の肉体……すでに命を終えている。

 死体は老衰を迎え、柔らかなベッドの上にて人生の幕引きを迎えようとしている人間のような弱々しささえ感じさせていた。


「さて、あとは事後処理ですよ」


 キンシが、戦いのときと同じようにわくわくとした様子にて、怪物の死体に舌なめずりをしている。


「ううむむ……お腹が空いてきました……」


 口の中に唾液があふれそうになる。

 キンシはどうにか平然とした様子を保とうと、唇を意識的に固く閉じている。


 ほんの一センチ、数ミリですら隙間を空けてしまえば、キンシの唇からはだらしなくよだれがダラダラと、小さな滝のように溢れてしまうのだろう。


「空腹って感じだね」


 モアがキンシのことを、少しばかり愉快そうに眺めている。


「さすが魔法使い、目の前にある作りたての死肉に敏感に反応しているみたいだね」


 そう言いながら、モアはキンシの体にそっと触れている。

 飢えた魔法使い、呪いを受けた肉体に触れる。

 

 モアの動作は春先のぬるいそよ風のように、ごく自然で違和感をほとんど感じさせないものだった。

 まるで最初から繋がり合っているかのように、キンシと彼女の体がこの世、この世界に生まれ落ちたときからずっと共にあるかのように。

 モアの右手は、キンシの左手と密接に繋がり合っていた。


「も、もも、モモ? モアさん……っ?!」


 手と手を繋げあう、状況にキンシは一コンマ遅れて動揺をきたしていた。


 どうしてこの、青い瞳の少女は自分と手を繋ごうとしたのだろうか?

 理由はまるで分からなかった。

 少なくともキンシには理解出来うる範疇(はんちゅう)を越えていた。


「どうしたんです、いきなり手なんか繋いできて……っ?」


 キンシが疑問を抱いている。


 だがモアのほうは魔法使いの少女の言葉を簡単に無視している。

 

「……」

 

 モアはまさしく人形のように形を整えられた、サクランボのような唇をジッと閉じたままでいる。

 

 返答に答えることをせず、モアはキンシの左手に指をからませる。

 白く滑らかで、無駄な体毛が一切存在していない、モアの白い指。

 

 波打ち際に打ちあげられた(くじら)の骨のような白さ。

 白い指がキンシの左手に巻き付けてある、色あせた古い包帯の上をすべっている。


 ざらりざらりとした感触。

 モアは少し、ほんの少しだけ探るように思考を働かせている。


 そして彼女の愚かでは無い、賢い思考体系はすみやかにキンシの包帯のつなぎ目を探り当てていた。


「えい」


 ちょっとしたかけ声。

 そのすぐあとに、キンシの左手から包帯がほどけて落ちていった。


「あ、あれ?!」


 愚かしい思考しか持ち合せていないキンシ。

 当然のことながら、キンシには一瞬なにが起きたのか理解することができなかった。


 キンシの思考、心を置いてけぼりにしたままで、少女の左手から包帯がするり、するりと滑り落ちていく。


 守っていた布の感触が離れていく。

 その様子はまるで生命の鼓動、血液の熱を失った怪物の死体が魔力を失っていった姿に似ている。


 魔力を失い、肉とウロコと骨の塊に重力が満たされてる。

 落下と言う意味においては、怪物の新鮮な死体と、キンシの古ぼけた包帯はその瞬間において同列の意味を為していた。

 の、かもしれない。


 ともかく、秘されるべき魔法少女の左手は、青い瞳の少女の手によって剥き身にさらされていた。


 光が明滅する。

 緑色に輝く、キラキラとしたきらめきは少女の新鮮な魔力そのものであった。

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